「地球号の危機ニュースレター」527号(2024年5月号)を発行しました。

(東欧便り)アララト山はアルメニアの聖なる山

アルメニアの首都エレバンから見たアララト山(5,137m)。雲に隠れた右側 @岡部一明

アルメニアの首都エレバンから見たアララト山(5,137m)。雲に隠れた右側 @岡部一明

中央アジア行きをやめた

 東欧に来て10カ月になるが、本稿執筆時の8月上旬、私はウクライナ西隣モルドバの首都キシナウに居る。前号記事「中央アジアにつながるトルコ」で示したように、トルコからコーカサス、カスピ海を経て東アジアに向かう新たなシルクロードの可能性に刺激され、私もこのルートを東進しようと思った。ところが、アゼルバイジャンが陸路での入国を許可していなかった。コロナ禍のためというが、空路入国は認めているし、実際はロシア人の入国を阻止するためとも言われる。私としても西から「シルクロード走破」するのに飛行機では飛びたくない。カスピ海を貨物船で渡るにもいろいろ難しく、中央アジア行きは止めることにした。東欧に戻る。本連載もコーカサス報告を2本出した後、東欧レポートに戻る予定。原稿は徐々に遅れることをお断りしておく。

 トルコが主導するテュルク系諸民族をつなぐ西からのシルクロード構想も、こんなに簡単に国境閉鎖が起こるようでは難しい、と思わざるを得なかった。海路を通じた交易路は、障害のない公海を自由に行き来し交流できる。しかし陸路を通じた交易路は、多様な国をまたがなければならず、ちょっと問題があれば交通が途絶される。トルコとアルメニアの間には過去の虐殺問題があり、アルメニアとアゼルバイジャンの間はナゴルノ・カラバフ問題、ジョージアも南オセチアにロシア軍が駐留するなど問題山積だ。「ユーラシア大陸を結ぶ鉄道網」はロマンがあるのだが、実際は実用にならないかも知れないという現実を見せつけられた。

ジョージア黒海沿岸の町バトゥミの鉄道駅。東のシルクロード回廊を目指して多くの貨物列車が車体を休めている。シルクロード鉄道は、現在のところトルコ内陸部を通り、アルメニアを経てアゼルバイジャンのバクー港に向かうが、そこから外れたこのバトゥミも重要な拠点になり得る。東アジアから来た貨物は、ここで黒海航路に積み替えてヨーロッパ方面に向かえる。(むろん現在は黒海航行は危険だが。) @岡部一明
ジョージア黒海沿岸の町バトゥミの鉄道駅。東のシルクロード回廊を目指して多くの貨物列車が車体を休めている。シルクロード鉄道は、現在のところトルコ内陸部を通り、アルメニアを経てアゼルバイジャンのバクー港に向かうが、そこから外れたこのバトゥミも重要な拠点になり得る。東アジアから来た貨物は、ここで黒海航路に積み替えてヨーロッパ方面に向かえる。(むろん現在は黒海航行は危険だが。) @岡部一明

コーカサスはヨーロッパか

 コーカサスの旅を「東欧だより」シリーズで出すのは適当ではないが、お許し頂きたい。…と書いて、いや、待て、本当にそうか、と思い直した。どこまでがヨーロッパ、東欧なのか。コーカサスは一般にはヨーロッパと目されている。日本の外務省のウェブページでは、コーカサス諸国はすべて「欧州」に含まれている。中央アジア諸国も「欧州」だ。サッカーのワールドカップ予選もコーカサス諸国は欧州だし、オリンピックの地域分けでもそうだ。ヨーロッパであるならば、ここが「東欧」でも間違いではないだろう。

 しかし、私がたどってきた旅でいうと、ヨーロッパとアジアの境はボスポラス海峡だった。トルコのイスタンブール市内に境界があり、海峡の西がヨーロッパ側で東がアジア側になっていた。そもそもアジア(Asia)の語源は、諸説あるものの、最初に明確に使ったのは古代ギリシャの歴史家ヘロドトスで、アナトリア(現トルコ半島)を指す言葉だった。それ以後アジアの範囲が広がったので、アナトリアは「小アジア」と呼ばれるようになった。

 この説に納得する。しかし、じゃあ、アジア側のトルコに入ってさらにずっと東に行ってコーカサスまで来たらまたヨーロッパになった、というのでは狐につままれてしまう。

旅の中でヨーロッパの概念が変わった

 厳密には規定できない、ということだろう。なら、私の感覚を言ってもいいと思うが、トルコもコーカサスもヨーロッパだ。人も文化も、東アジアから来た人間にはヨーロッパに見える。宗教がキリスト教でもイスラム教でもそうだ。トルコはすでにNATOに入っているし、今後ヨーロッパ連合(EU)に入ることもあり得るだろう。

 その私の「感覚」だが、東欧を旅しているうちもう一つの重要な変化が起こった。ここがヨーロッパ本体ではないのか、と。東欧やトルコ、コーカサスはヨーロッパの辺境、やや特殊な世界と思われているが、むしろここが普通のヨーロッパだ。物価が安い所ばかり旅しているお前だからそう思うだけだ、と言われるのは百も承知だが、むしろここがヨーロッパの本体であって、英仏独蘭など西ヨーロッパの方が特殊に発展してしまった異世界と見えなくもない。近代以降、海の時代が始まり、地理上の発見で大西洋に面したヨーロッパ西端が発達し、産業革命が起こり、異常な社会が生まれ、それを世界に広げた。しかし、昔ながらの真正ヨーロッパの本体は、むしろこの東部の広大な世界の方にあるのではないか。 

岡部一明

『地球号の危機ニュースレター』
No.519(2023年9月号)

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