「地球号の危機ニュースレター」526号(2024年4月号)を発行しました。

フランス:「手書きの字」をめぐる考察

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photo@鈴木なお

だんだん字が下手に、、、、

 フランスでは毎年6月はバカロレアの季節だ。高校生活の集大成ともいえる試験に合格すれば、高校卒業資格と同時に大学入学資格が取得でき、高等教育機関の一部には追加の試験なく入学することができる。近年では同世代人口の8割超がバカロレアを取得している。

 試験日になると、ニュース番組では試験会場で生徒たちが神妙な面持ちで問題を解いている様子が映し出され、なかでも、理系だろうが文系だろうがどの専攻の生徒にとっても必須科目である哲学の試験問題に注目が集まる。

 それはたとえば、「芸術行為は世の中を変革するだろうか」、「自由とは誰にも従わないことか」 といったような問いなのだが、生徒たちがペンを走らせてガリガリと答案用紙を埋めていく光景は、毎年のことながら印象的で、感動的でもある。

 しかし、ふと考えてみれば、私自身は久しく鉛筆や万年筆で文章を書いていない。コンピュータばかり使っている。そうこうしている間に、日本語はもとよりフランス語でも字がずいぶんと下手になり、漢字にいたっては読めても書こうとすると細部が怪しいという事態になってしまった。周囲の日本人たちも一様に同じことを言っている。ということで、今回は「手で文字を書く」について考えてみる。

手で字を書く人の割合は?

 コンピュータで打ち出すのではなく、紙の上に自分で文字を書く - この傾向や嗜好について最近、フランスの世論調査会社IFOPが調査を行い、結果を発表した。

 抽出された1003人(18歳以上)を対象に実施されたこの調査によると、全体の78%が10年前と比べて手書きの機会が減り、55%が日常生活のなかで筆記用具よりもキーボードを使って文字を書いていることが明らかになった。

 全体のわずか11%が「キーボードよりも筆記用具で手書きしている」と回答しており、管理職に比べ、労働者や従業員の方が手で文字を書いている人の割合が多い。

 コンピュータでものを書く機会が増えているのに反比例するかたちで、手書きで私信を送る人が減っており、ここ一年の間に自らの手でしたためた手紙を送った人の割合は全体の41%だった。絵葉書を書き送った人はさらに少なく32%、季節の挨拶状は31%、ラブレターを書き送った人は28%という結果だ。

 手紙離れの傾向は、日本もまったく同じと聞く。メールやショートメッセージに取って代わられたためだろう。携帯電話をチャッとかけて、口頭で済ませる人も多いだろう。

手紙離れの傾向は増え続ける

 フランスでは郵便局による郵便物配達量が2008年の年間180億通から2018年には90億通へと半減し、このままだと2025年には50億通へと減少すると予想されている。今年に入り、郵便局は配達頻度を下げる取り組みを試験導入しており、「毎日郵便屋さんが来る」という当たり前だった光景が失われようとしている。田舎では郵便配達員との会話を毎日楽しみにしている高齢者も多く、物理的な面ばかりではなく、精神的な面にもじわじわと影響が出そうだ。義理の母が昔、「利用しないと地元郵便局が閉鎖されてしまうわ」と言って、手紙を送ったり切手を買いに足繫く郵便局に通っていたのを思い出す。周囲は笑っていたが、まさに今、そういうシナリオになりつつある。

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photo@鈴木なお

手書きのほうが好きは?

 一方で、IFOPの調査では、フランス人の26%が「紙に筆記用具で字を書くほうが、キーボードを打って書くよりも好きだ」と答えており、「キーボードで書く方が好き」の25%を上回っているのが面白い。40%が「どちらも同じ」と答えていることから、こだわりのない人間が多いと言ってしまえばそうだが、それでも少なからぬフランス人が手書きに愛着を持ち続けているのは確かなようだ。

 特に女性の方がキーボードよりも手書きが好きだと答えている(女性全体の31%。対して男性は21%)。また、なぜか1824歳の若者層で、「紙に筆記用具で字を書くほうが、キーボードを使って書くよりも好き」と回答する人たちの割合が、2016年調査時(28%)よりも増えて31%に達したことも注目に値する。まあ、この若者層については、「ペンでもキーボードでも、書くことが嫌い」と回答したものの割合が2016年の2%から今回8%へと増えているわけだが…。

 なお、手書きが好きかどうかには、字が上手いかどうかも結び付いているようだ。今回の調査で、フランス人の50%が「自分の字はすごくきれい」あるいは「きれい」と回答している。

 ただ、字の美しさに自信がある人の割合は、男性が41%、女性が57%と男女で圧倒的な差がある。その一方で、字の下手さで苦い経験をしたことがある人が少なくなく、「学校で字が汚いと先生から怒られた/クラスメートに咎められた」(男性の38%、女性の23%)、「学校時代、字の汚さによって支障が生じた」(男性の28%、女性の12%)などのほか、「字が汚いために、履歴書など手書きの書類を要求する求人案件には応募しなかった」とう人も男性で13%、女性で7%いた。

 また、「他人に字が汚いと思われることが心配だった」(男性の33%、女性の21%)という結果も出ている。日本のように美文字教室やペン字練習帳などは見かけたことがないため、どうやら解決策もあまりなく、一人で悩んでいるフランス人が少なくないと思われる。

 ただし医者の字が汚いというのはフランスではよく知られていて、だからといって医者たちがバカにされることはまったくない。そして、紐がダンスしているような解読不可能な処方箋を、なぜか薬局の店員たちは(時に非常に苦労しつつも)読み解くことができ、何度も感心したものだ。

 ただ、ここ数年は事情が変わり、いまでも手書きで処方箋を書いている医者は私の周囲に一人しかいない。他の医者はすべてコンピュータでプリントアウトしている。

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