「地球号の危機ニュースレター」527号(2024年5月号)を発行しました。

(東欧だより)ブダペストの穴ぐらで

ハンガリー・ブダペストの「恐怖の館」博物館。中は写真撮影禁止なので、自分の写真は外側からのものだけ ©岡部一明

ハンガリー・ブダペストの「恐怖の館」博物館。中は写真撮影禁止なので、自分の写真は外側からのものだけ ©岡部一明

民族舞踊のお祭り

 ハンガリー国立博物館に行ったら、前庭で民族ダンスのパフォーマンスをしていた。毎年この時期(6月中旬の1週間)に行われるダニューブ(ドナウ)カーニバルの一環ということだ。ハンガリーは民族舞踊が有名で、観光客向けのディナーショーなども多い。高額の上、写真撮影禁止などになるが、ただで写真撮りまくりで鑑賞できた。

 面白いことに、「なまはげ」そっくりの仮装怪物が出てきて、観客の間を流し歩いた。泣き出す子どもも居た。ハンガリー人はもともとアジアから来た遊牧民だったので、どこか遠い所でなまはげともつながっているかも知れない。調べてみると、この「ブショー」(Busó)は、ハンガリー南部の街モハーチなどに住むクロアチア系(南スラブ系)の少数民族ショカツ人(Šokci)の仮装文化で、毎年2月頃にブショーヤーラーシュ(ブショーの行進)という祭事が行われているという。怪物の姿で冬を追い払うという意味合いがある。東欧周辺には、こうした「キリスト教以前の伝統文化」が多く残っている。スラブ系、ゲルマン系、ケルト系の人々も元来は東方のユーラシア地域とつながっていた。「鬼」的な怪物が登場する祭事も、非常に古い時代からの東方との連関があるのかも知れない。

©岡部一明
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「なまはげ」が登場して、子どもたちを怖がらせた ©岡部一明
「なまはげ」が登場して、子どもたちを怖がらせた ©岡部一明

ハンガリー人はアジア起源

 ハンガリー人の祖先はウラル地方から来たマジャール人だ。アジアの遊牧民たちは歴史に残っているだけでも5世紀のフン族をはじめ、有名なモンゴル帝国(13世紀)など、幾度となくヨーロッパ深部に押し寄せた。現在のハンガリー語、フィンランド語は、アルタイ語族とも関係の深いウラル語族に属し、インド・ヨーロッパ語族の海の中に孤島のように存在している。たえばよく出される例だが、ハンガリー語では、日本語と同じように名前を姓・名の順に言う。ハンガリー語、フィンランド語は言語学的には日本語などと同じ「膠着語」に分類される。

 ハンガリーを旅した少ない体験でも、どうもハンガリー語の表示はわかりにくい。ヨーロッパの言葉は似ているから、英語を知っていれば、ある程度想像がつくのだが、ハンガリー語は全然違う感じだ。あくまで「感じ」にすぎず、ラテン語語源の言葉もないではないが。例えば、university(大学)、immigration(出入国管理)、hotel(ホテル)、computer(コンピュータ)を比べてみると、ドイツ語はUniversität、Einwanderung、Hotel、Computer、ポーランド語はUniwersytet、imigracja、hotel、komputer、ルーマニア語はuniversitate、imigrare、hotel、calculatorなど。しかし、ハンガリー語はegyetemi、bevándorlás、szálloda、számítógépでまったく推測が効かない。

ハンガリー人(マジャール人)の移動。西シベリアが故地で、紀元前1000年紀にフィン・ウゴル祖語系民族の拡散がはじまり、5世紀頃からそのうちの一集団ウゴル系のマジャール人の西進がはじまった。9世紀までには現在のハンガリー、つまりパンノニア平原にたどり着いたとされる。Map: Benutzer:Devil_m25, Wikimedia Commons, CC BY-SA 2.0 DE
ハンガリー人(マジャール人)の移動。西シベリアが故地で、紀元前1000年紀にフィン・ウゴル祖語系民族の拡散がはじまり、5世紀頃からそのうちの一集団ウゴル系のマジャール人の西進がはじまった。9世紀までには現在のハンガリー、つまりパンノニア平原にたどり着いたとされる。Map: Benutzer:Devil_m25, Wikimedia Commons, CC BY-SA 2.0 DE

日本とも遠いつながり?

 最近の遺伝子人類学研究によると、ハンガリー人などウラル語族話者にはY染色体ハプログループNが濃厚だが、これは東アジア発祥とされている。中国北東部の遼河文明時代(6500年前~3600年前)の人骨から高頻度で検出されるなどしている。mtDNAハプログループZも東アジアからシベリア北ヨーロッパにかけて同様の分布を示し、ウラル系民族の拡散が推測されている。日本の東北地方に残る中舌母音(いわゆるズーズー弁)もウラル語族の音声特徴に由来するとの説もある。

 数千年単位のスケールでみると、ユーラシアは、その大陸北半分の広大な平原で、意外と広くつながっていた可能性がある。

岡部一明

『地球号の危機ニュースレター』
No.522(2023年12月号)

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