「地球号の危機ニュースレター」526号(2024年4月号)を発行しました。

ハマスとイスラエルの紛争、フランスの極右政党には追い風に

© 佐藤ヒロキ

© 佐藤ヒロキ

佐藤 ヒロキ

 フランスの極右に関する前回のエッセイでは、本来は反ユダヤ主義(ユダヤ人差別)を特徴としていた極右勢力が、現在はそうした過去と決別してむしろ反イスラム主義の立場を前面に押し出しており、ユダヤ人の間でも若い世代では極右勢力に共感したり、合流する人が増えていることを取り上げた。

  その後、10月7日に、パレスチナのガザ地区を支配するイスラム主義組織ハマスがイスラエルに対する大規模なテロ攻撃を行い、イスラエルが報復としてガザ地区を攻撃していることは周知の通りだが、今回は、この中東情勢の緊迫化がフランスの政治と社会にもたらした影響について述べてみたい。タイトルでも示唆した通り、極右勢力にはむしろ好都合な状況が生じている。

フランス外交の伝統は

 この紛争に関して、アメリカをはじめとする欧米諸国は大筋において、ハマスを糾弾し、イスラエルの自衛権を擁護しているが、逆にアラブ・イスラム諸国は、イスラエルによるガザ地区攻撃を非難して、パレスチナ人を支持する立場をとっている。

 世界的な対立と分断が深まる中で、ユダヤ人に対する迫害行為も急増している。こうした情勢で、フランスの対応は必ずしも明確ではない。

 そもそも、イスラエルを全面的に支持するアメリカやドイツと対照的に、フランスの外交にはドゴール大統領やミッテラン大統領の時代から親アラブ・親パレスチナの伝統があり、中東情勢に関して常に一定のバランスを保つことを心がけてきた。

 今回の事態に際しても、米英独の首脳がいち早くイスラエルを訪問して支持を表明したのに対して、マクロン大統領は10月24日になってようやくイスラエルを訪問したうえに、パレスチナ問題で以前から重要な役割を担ってきたヨルダンとエジプトもあわせて訪問するという独自の動きを見せた。

 マクロン大統領はイスラエルでは同国の自衛権を擁護し、ハマスを「イスラム国(IS)」と同類のテロ組織と位置づけて、IS掃討の有志連合にならった国際的有志連合を対ハマスでも結成することを提唱するなど、イスラエル寄りの対応を示した。

 しかし、これは、ハマスをパレスチナ人の民族抵抗運動と評価する中東諸国の賛同を全く得られず、大統領は翌25日のヨルダンおよびエジプトへの訪問では、早くも方針を修正して、むしろ平和と安全のための有志連合を提案し、ガザ地区住民への人道援助などを中心に協議し、イスラエル軍によるガザ地区への大規模地上侵攻には反対する立場を示した。

 また、パレスチナ国家の樹立を通じた「二国家解決」を支持する姿勢を確認した。イスラエルとパレスチナの双方に配慮したバランス外交といえば聞こえは良いが、典型的なコウモリ外交と見えなくもない。

マクロン大統領も「停戦」呼びかけ

 大統領がハマスをISと比較して糾弾し、イスラエルを強く支持するかに見える姿勢を示したことで、フランスの外交官の間では、伝統的な親アラブ・親パレスチナ路線の放棄かと色めき立つ向きもあったという。

 しかし、その後に欧米も含む国際世論もイスラエルによるガザ住民への攻撃に次第に批判を強める中で、マクロン大統領自身も11月10日のBBCによるインタビューでは、(当初に提案していた「人道的休戦」ではなく)「停戦」を呼びかけ、イスラエル軍による女性や子どもの殺害を断罪し、民間人への攻撃は正当化できないなどと批判する立場に変わった。

 これを見て、大統領が右顧左眄していると批判する声が与党陣営からも出ており、第一次マクロン政権で首相を務めたエドゥアール・フィリップ氏なども「戦争に死者はつきもので、兵士だけを殺す外科的攻撃などは不可能だ」とイスラエルを明確に支持しつつ、大統領に態度の明確化を求めた。

  マクロン大統領は、本来なら相矛盾するはずの意見や立場を「(Xだが)同時に(Yでもある)」という独特の表現で両立させて見せるレトリックを得意とすることで知られ、中東問題でも一種の止揚を試みたとも考えられるが、この問題ではそれはうまく機能していない。しかし大統領の逡巡の背後には、フランス社会の分断を和らげたいという配慮もあるかも知れない。

© 佐藤ヒロキ
© 佐藤ヒロキ

国内には 多数のイスラム系移民とその子孫が

 フランスはマグレブ諸国の宗主国だっただけあり、国内に多数のイスラム系移民とその子孫がいる。以前からこうした移民系の国民には、フランス国籍を持ちつつも、フランスの政治・社会制度や文化に対する反発や憎悪を募らせ、イスラム過激主義に染まる傾向があることが懸念されているが、今回の紛争を機に、イスラム系国民を中心とする反ユダヤ主義の活発化が起きており、ユダヤ人国民は危機感を強めている。

 また左派系の知識階層や学生の間でも、北米由来のウォーキズムの影響下で、白人やユダヤ人を支配層として敵視し、それへの抵抗勢力としてイスラム教徒、アラブ人、パレスチナなどを支持する動きがある。

 こうした動きは「イスラム左翼主義」などとも呼ばれ、政界においては、主要政党中で最も左派に位置する「不服従のフランス(LFI)」がこうした立場を代表している。

 ハマスによる攻撃をフランスのほかの主要政党が「テロ攻撃」と非難した中で、不服従のフランス(LFI)だけは、これを「テロ」とみなすことを拒否し、パレスチナ寄りの立場を保持している。同党は前回の総選挙で躍進し、議会における左派陣営のリーダー格として、社会党、共産党、緑の党などを糾合した左派野党連合「NUPES」を結成して影響力を強めていたが、ハマスの攻撃に対する対応で孤立したことが原因で、求心力を失い、NUPESも形骸化しつつある。それにしても、明らかに残虐なハマスの攻撃を、フランスの政界が声を一つにして批判できない事態は、国内世論の分裂を如実に物語っている。

© 佐藤ヒロキ
© 佐藤ヒロキ

国民連合(RN)が反移民・反イスラムを、不服従のフランス(LFI)は親イスラム路線に

 不服従のフランス(LFI)のこうした態度の背景には、労働者階層の左派離れが進む中で、イスラム系国民が左派政党による保護の新たな対象となり、連帯の相手となっているという事情がある。実際にイスラム系国民の割合が高い都市郊外地区で不服従のフランス(LFI)は圧倒的な支持を得ている。不服従のフランス(LFI)を率いるメランション氏は、極右政党「国民連合(RN)」を率いるルペン氏をライバル視しているが、大統領選挙では毎回、僅差でルペン氏に破れている。国民連合(RN)が反移民・反イスラムの立場を掲げて支持率を高めている一方で、不服従のフランス(LFI)は逆に親イスラム路線に左派復活の活路を求めている。

 フランスだけのことではないが、イスラエル軍の攻撃が激化するに連れて、ユダヤ人に対する嫌がらせや攻撃的言動などの事案が急増しており、これに懸念を表明した下院のブロンピヴェ議長(ユダヤ系)に対しても多数の匿名の脅迫やヘイトメッセージが殺到するという緊迫した状況が生じている。同議長は、不服従のフランス(LFI)を率いるメランション氏らの挑発的発言が、迫害行為をいっそう助長していると批判した。

 こうした状況を憂慮する声も強まる中で、11月12日には議会両院の議長の呼びかけにより、反ユダヤ主義に反対するデモ行進が行われ、パリで10万人、フランス全国では18万人が参加した。規模は小さくはないが、なにかというとデモ行進をやりたがる国民性(例えば、一連の年金改革反対デモは、何度も100万人以上を動員した)を考慮すると、物足りない気もする。

 マクロン大統領も参加は見合わせ、不服従のフランス(LFI)はボイコットを選択した。そのため、ともに国民的結束の実現を妨げたとの批判を浴びている。

国民連合(RN)はイメージチェンジを推進する好機と

 極右勢力の動きに目を転じると、国民連合(RN)は、ユダヤ人とイスラエルに対する強い支持を表明し、現在の状況を自らのイメージチェンジを推進する好機としている。国民連合(RN)にとり、反ユダヤ主義の過去と決別し、「普通の政党」に変身したことを世論に認めてもらうことが、政権獲得に向けた至上命題となっていることは前回のエッセイですでに取り上げた。

 フランスの反ユダヤ主義には、近年に台頭したイスラム系の反ユダヤ主義とは別に、カトリックと結びついた伝統的な反ユダヤ主義の流れがあり、国民連合(RN)の前身の「国民戦線(FN)」はそうした流れを汲む典型的な極右政党だった。創設者のジャンマリ・ルペン氏はユダヤ人差別的な言動を繰り返し、有罪判決も受けた。党首の座を受け継いた娘のマリーヌ・ルペン氏は、反ユダヤ主義と決別し、党名を変更して、より広い有権者層の支持を獲得する「脱悪魔化」に努めてきた。その過程で、父親と対立し、党から除名するという高い代償を支払ったが、そのかいがあって、次の大統領選挙での最有力候補とみなされるに至っている。

© 佐藤ヒロキ
© 佐藤ヒロキ

マリーヌ・ルペン氏と国民連合(RN)の結びつきは?

 マリーヌ・ルペン氏は、かつてはパレスチナを巡る紛争について両成敗的な見解も表明していたが、今回は、ハマスの攻撃を「新たなユダヤ人大虐殺」と糾弾し、イスラエルによるハマス掃討を明確に支持しており、11月12日のデモ行進にも国民連合(RN)の議員団を率いて積極的に参加した。他の政党や参加者からは反発もあり、実際の行進でも距離を置かれたものの、ルペン氏と国民連合(RN)の参加を称える声は、与党有力者やユダヤ人共同体の有力者からも聞かれた。

 ユダヤ人共同体は、これまで、国民連合(RN)のイメージチェンジを表面的なものと捉え、内実は「国民戦線(FN)」時代と大差はない反ユダヤ主義政党だと警戒してきたが、ハマスの攻撃以後の対応を見て、明らかに同党への対応を軟化させている。

 国民連合(RN)はユダヤ人を迫害から守る盾になると宣言しており、かつての国民戦線(FN)を知る者には隔世の感がある。

 ただし、国民連合(RN)が本当に過去と決別できているのかどうかを巡っては、新たな論議も巻き起こっている。ジョルダン ・バルデラ党首は、11月5日のテレビインタビューで、「ジャンマリ・ルペン氏は反ユダヤ主義者ではなかったと思う」と発言して物議を醸した。4日後に「ジャンマリ・ルペン氏は明らかに反ユダヤ主義に閉じこもり、その結果、2015年にマリーヌ・ルペン氏は父親と決別することになった」と修正発言を行ったものの、国民連合(RN)が未だに過去を直視せずに、一種の歴史否認主義に陥っているのではないかとの批判を浴びる羽目になった。バルデラ党首(28才)は若いだけに、反ユダヤ主義からの脱皮を巡る党史に関しては脇が甘いのかも知れない。

 なお、マリーヌ・ルペン氏は大統領選挙に出馬した際に、国民連合(RN)の党首の座をバルデラ氏に譲り、その後は、同党の下院議員団団長をつとめているが、バルデラ党首自身も婚姻関係(マリーヌ・ルペン氏の姪の夫)によってルペン一族に属している。

 そのため党首が世代交代しても、ルペン一族が党を率いるという身内主義的な体質には変化がなく、こうした体制が続く限り、いわば創業者会長であるジャンマリ・ルペン氏の負の遺産を引きずり続けざるを得ないという弱点を抱えている。

 それにもかかわらず、マリーヌ・ルペン氏自身は反ユダヤ主義者ではなく、父親とは異なるという見解がすでに政界有力者の間でも徐々に受け入れられつつあり、同氏が長年取り組んできた「脱悪魔化」は完成に近づいている。今回の中東紛争は同氏にとって思いがけない追い風となるかも知れない。

© 佐藤ヒロキ
© 佐藤ヒロキ

佐藤 ヒロキ

フランス在住ライター

『地球号の危機ニュースレター』
No.522(2023年12月号)