私がやってきた頃の1990年代のフランスでは、「夏の休暇(バカンス)」はとても神聖なものだった。多くの人が年に5週間ある有給休暇を利用して、夏にまとめて数週間休んでいた。「juillettiste(ジュイエティスト:7月に休暇をとる人)」と「aoûtien(アウシアン:8月に休暇をとる人)」という言葉も教えられた。
周囲に聞いてみると、確かに、「私は7月にバカンスに出て、人のいない8月のパリでのんびり働くの」や「テレビでツールドフランスを見ながら、冷たいビールを飲むのがバカンスの醍醐味」という7月派と、「7月に頑張って、8月は何もかも忘れてボ〜っと休むのが最高」や「うちは8月に工場がストップだからね、バカンスは社員全員8月にとるのさ」という8月派がいた。
その二つの派閥が交差する7月最後の週末や8月最初の週末は、高速道路が混んで大変だった。
大人だけではない
小中高の各学校も7月8月は主に休みで、大学レベルになると9月10月も引き続き休みのところがあった。
人間が休むということは、当然社会の動きも緩慢になる(というより中断する)。従業員間の引継ぎが根付いていない国だけに、「担当者がバカンス中なので」という一言で済まされ、たいていの事柄が7月8月の丸々二か月ストップしてしまうのが恒例だった。
だから大事なことは6月中に済ませるというのが、フランス人の「常識」だった。また、どこがいつまで休みなのか、馴染みの店々を前もってチェックしておかないと、後で買いたいときに物がなくてひどい目に遭ったりした。
最近のフランスのバカンス傾向は?
今でも7月8月になれば周囲に休暇をとる人が多く、国中のペースがぐんと落ちて、不便も増える。学校も相変わらず基本的には7月8月が休みだ。
8月になればパリは閑散とするし、海辺は混む。とはいえ、以前とは少し違う。まず、夏に休暇をとる時期が7月か8月かの二択ではなく、6月後半とか、9月に入ってからだとか、(主にハイシーズンの観光地の高値&雑踏を避けるために)ずらしてとる人が目立ってきた。
休暇自体の長さも、一気にとらなくてもいいじゃないかという人が増えた。今まで夏にまとめてとっていた休暇を、年に何回にも分けて小旅行を楽しんだり、たまに一日二日休みをとって家でノンビリしたりなど、「長さにこだわらず、自分に合ったリズムで休息する」人が増えた。
近年の物価高が影響か?
休暇のとり方が変わってきたのは、もちろんインターネットをはじめとする技術の進歩も背景にあるだろうが、近年の物価高が大きな要因であることは確かだ。
ガソリン代、運賃、ホテル代、食事代、レジャー代のすべてに響き、休暇を考える際の決定打だからだ。話は横道にそれるが、フランスには土産を買ってきて会社・友人・ご近所などに配る慣わしはない。
フランスの世論調査によると
フランスの世論調査会社Ifopが今年6月に行った「夏のバカンス」調査によると、「今年の夏に休暇をとるに際して、あなたが一番優先していることは?」という質問に対して、24%が「料金」と答えている。
一方で、35%が「休暇はとらない」と答えており、この回答者たちの内訳を見ると、給与が低くなるに従って割合がどんどん増えており、金銭的に余裕のない人たちは夏のバカンスを断念しがちなのがはっきりと見て取れる。
実はこの調査では、「バカンスの行先」を最も優先するという答えが一番回答率が高かったが(41%)、行先が何より大事だとした人たちの内訳を見ると、企業幹部、高学歴、高給取りの比率が高い。
別の世論調査会社Elabeが今年7月に行った調査でも、「今年の夏に休暇をとる予定だ」と答えた人の割合は58%止まりで、誰もかれもがバカンスに出るイメージではない。
また、休暇をとる人たちの中でも、64%が物価高が行先・休暇日数・レジャー内容に影響を与えていると答えている。
具体的なところでは、今年の夏にバカンスに出ると答えた人たちの平均予算は一人あたり682ユーロ(約10万8000円)で、世帯平均では1656ユーロ(約26万3000円)となっている。ただし世帯平均は、毎月貯金できる余裕のある世帯では平均2430ユーロ(約38万6000円)なのに対して、毎月のやりくりに苦労する世帯では平均1225ユーロ(約19万4000円)と大差がある。
また、上述のように、今年の夏に休暇をとる予定の人の割合は全体としては58%だったが、毎月のやりくりが大変な人たちの層ではこの割合が39%へと急落する。