「地球号の危機ニュースレター」537号(2025年6月号)を発行しました。

フランス:環境問題で若者を中心に不安や悲観が広まる

© 鈴木なお

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鈴木 なお

 フランスには、気候変動や環境問題に対する不安や恐れを常に抱えた「エコ不安症(気候不安症・環境不安症)」に陥っている人が420万人いるという。これはADEME(フランス環境エネルギー管理庁)が今年415日に公表した調査結果で、そのうち極度の環境不安を抱えている人は210万人と半数にのぼり、そのなかでも42万人はうつ病などの精神疾患を引き起こすリスクがあるなど「重症」とされる。

 「エコ不安」はフランス語では「エコ・アンクシエテ(éco-anxiété)」というのだが、この言葉がメディアに頻繁に登場するようになったのはここ数年のことと記憶する。筆者の目から見ても、日本で経験したような局地的な豪雨、奇妙な強風、雨の日が延々と続くかと思えば乾燥した日が数週間にわたって続くなど、明らかに以前と違い、「おかしい」のだ。

若者、高学歴、都市住民間で特に不安が増大

 ADEMEの調査は、人口にして4200万人を代表する15〜64歳層の998人を対象に行われた。つまり420万人がエコ不安症ということは、15〜64歳層の10%に相当する。

 調査によると、すべての年齢層にエコ不安は広がっているものの、なかでも25〜34歳層が最も不安を抱えている。また、「重症」が多いのは15〜24歳層と25〜34歳層で、50〜64歳層は明らかにエコ不安から最も遠いところにいる。

 学歴で見ると、学士・修士に不安を抱えている人の割合が多く、それに博士が続き、低学歴層では不安が減る。地域で見ると、パリとその周辺、地方でも大都市の住民に環境不安を訴える人が多い。性別では、女性の方が男性よりも不安を感じている人が多い。

 最近、TVニュースで地球環境の将来に絶望した若者の証言がよく取り上げられていて気にはなっていたのだが、調査結果を見る限り、エコ不安が広まっているのが単なる印象ではないとわかる。若者は先が長い分、不安も強く感じるのだろう。

 傾向は他の国でも同様のようだ。たとえば世界10カ国(英、仏、米、豪、葡、印、フィンランド、ブラジル、フィリピン、ナイジェリア)の16〜25歳の若者1万人を対象に行われた別の調査では、45%がエコ不安症に陥っているという結果が出ている。この調査によると、フランスについては、若者の74%が将来に恐れおののいており、77%が人間は地球に対する配慮を欠いてきたと回答している。かなり高い数値だが、将来が怖いと回答した人の割合はフィリピンが10カ国中最高で92%となっており、フィリピンの若者に比べればフランスの若者はまだまだ楽観的ということになる。

© 鈴木なお

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 仏経済紙レ・ゼコーの記者は、一週間の環境関連ニュースを見れば不安になるのもうなずけるとして、上手く状況をまとめている。それによれば、414日の週の月曜には、ある科学研究チームが欧州の家の中のホコリには200種近い農薬がまじっており、うち40%は健康に害があることを明らかにした。

 火曜には、EU地球観測プログラムと世界気象機関が2024年には産業革命前より気温が1.55度上昇したと発表し、パリ協定の目標が打ち砕かれた。水曜には、フランスの製薬会社サノフィが、発がん性があるとされる物質をフランスのピレネーアトランティック県の工場周辺に違法に垂れ流していたとして有罪になった。

 木曜には、トランプ大統領が太平洋の真ん中の海洋保護区で漁業を許可する大統領令に署名した。金曜には、天然炭酸水ペリエの南仏工場で水に再びバクテリアが混入していることが発覚した。

 確かに、毎日このようなニュースばかりではお先真っ暗な気持ちになる。フランスの時事報道は最近トランプ大統領の話題で溢れているが、気の重い環境悪化関係のニュースも必ずといっていいほどある。聞けば聞くほど、水、空気、食べ物、交通、住まいと、有害な環境に毎秒晒されている気分だ。

 メディアに取り上げられたエコ不安を抱くフランス人の発言例としては、「こんな世界に自分の子どもたちが生きていくなんて絶対に嫌なので、子どもは作らない」、「環境問題が不安で、毎日がちっとも楽しめない」、「食卓でエコロジーの話をされると心配で食事が咽喉を通らなくなるので、止めて!と言っている」、「何より不安なのは、私の周りの人たちがこの環境悪化を怖いと思わず、信じてもいないことなので、具体的な数値を挙げて説得できるよう勉強した」、「未来が怖い、でもだからこそアクションに移さないと」などが挙げられる。

 一方、エコ不安症に並行して、不安を感じる人たちや環境保護に力を入れる人たちを「大袈裟だ」と鼻で笑い、「気にせず好き放題やればいいんだ」と突き進む人も増えている。ただ、こうした環境異変に対する極端な「否定」は、実は「不安」と根源が同じで、「以前とは何かが違ってしまっていることへの心の動揺の表れ」であり、方向が相反するだけなのだと指摘する声もある。

身近なところでは

 筆者が、環境が変わって来たなと最近感じた身の回りの事象を幾つか挙げる。

  • 今春初めて、アマサギという今まで見たこともない鳥がフランス北部の我が家の庭に大挙してやってきた。フランス南部などでよく牛の肩に乗っている小型のシラサギのような鳥だ。体は真っ白、くちばしはオレンジで、どうやら若鳥の集団らしく、動作がひょうきんでかわいい。集団で何度かやって来ては、庭で虫をついばんでいたが、数日後にどこかに飛び立った。果たしてこの地方にいるべき鳥たちなのだろうか…。
  • 数年前まで5月に咲いていた花が4月に咲くといった具合に、全体的に三週間ほどサイクルが早くなっている、この土地に50年以上住んでいるフランス人たちもそう言っているのだから、間違いないだろう。
  • 我が家にはよく20代の若者が集まるのだが、「肉は要りません、肉の食べ過ぎは地球に悪いので」と言う人が増えた。会話の中に「それはエコじゃない」というフレーズもしばしば聞こえてくる。ちなみに皆さんゲームはやるわ、パーティーは好きだわ、旅行は行くわと、ごく普通の若者たちなのだが、肉食、プラスチック包装、動植物の保護には格別のこだわりが見られる。
  • 朝晩あるいは前日との気温差が激しい日が増えた。また、かつてはカラっとしていたフランスだが、近年は高温多湿になった。日本人なのだから我慢できるじゃないかと言われればそうなのだが、以前がそうでなかっただけに調子が狂ってしまい、やたらに疲れる。高温多湿に慣れてないフランス人は、さらに疲れているように見える。

 精神的不安が身体の疲れを誘っているのか、身体の疲れが精神的不安を呼んでいるのか分からないが、フランスでは今後ますます「エコ・アンクシエテ」が増殖して行きそうな予感がする。

© 鈴木なお

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鈴木 なお

フランス在住

『地球号の危機ニュースレター』
No.537(2025年6月号)