「地球号の危機ニュースレター」525号(2024年3月号)を発行しました。

【助成金事業報告】 電気自動車に破壊される暮らし 〜フィリピンからの訴え

【助成金事業報告】
電気自動車に破壊される暮らし 〜フィリピンからの訴え

報告: 田中 滋
アジア太平洋資料センター(PARC)
事務局長

電気自動車時代はすぐそこに

世界では今、気候変動を予防するべく、さまざまな施策が進められています。特に近年では電気自動車への関心が高く、米国にて新進気鋭の実業家として活躍するイーロン・マスク氏率いるテスラ株式会社は電気自動車および関連パーツ・サービスの展開を売りにして国際的に注目を浴びています。日本でも大手民間企業が次々と新たな電気自動車が開発・発売されています。これは自動車産業に限った潮流ではなく、これまで冷蔵庫、洗濯機などのいわゆる「白物家電」に注力してきた企業の中にも電気自動車のパーツ開発へとシフトしている事例も見られます。

そうした家電から電気自動車パーツへと優先順位の転換をしている企業の一つがパナソニック株式会社です。同社は2010年に前述のテスラと車載用リチウムイオンバッテリ(電池)の共同開発に乗り出しています。その方向転換を裏で支えているのがリチウムイオンバッテリを製造するのに欠かせない原料鉱物の安定供給になります。そのためにパナソニックがパートナーとして選び、電池を共同開発する資源採掘企業が住友金属鉱山株式会社です。住友金属鉱山のプレスリリースによると、同社は最終的にテスラへ納品される前提のバッテリ開発およびそのために必要となるレアメタルであるニッケルの提供を2013年の時点ですでに行なっており、その後多額の設備投資を行なって生産力を増大しています。

住友金属鉱山のニッケル調達

住友金属鉱山の強みの一つは自社の直接かかわるフィリピンでのニッケル開発事業を持っていることであり、同社の扱うニッケルの大部分はこれら自社プロジェクトから調達されています。その自社プロジェクトの一つがフィリピン、ミンダナオ島クラベル町のタガニートで行われている採掘および精錬事業です。こちらでは採掘事業を現地法人タガニート鉱山社(TMC)が行なっています。住友金属鉱山の直接の現地子会社ではありませんが、関連企業ニッケル・アジア社(NAC)が保有している法人で、間接的に住友金属鉱山と関係が確認されている企業です。

その鉱山からは純度の高い高品位のニッケルだけでなく、わずかなニッケルしか含まれていない、いわばカスのような低品位ニッケルも産出されてしまいます。その有効活用を目指すのが住友金属鉱山の注力する現地でのタガニートHPALニッケル社(THPAL)による精錬事業になります。現地で産出される低品位ニッケル酸化鉱石にはニッケルが約1%程度しか含まれていません。そのまま日本に出荷したのでは、ほとんど使えない鉱石のために膨大な輸送コストがかかってしまいますが精錬することで約55-60%の混合硫化物(Mixed Sulfides/MS)へと濃縮できます。この混合硫化物が日本へと輸出され、住友金属鉱山のニッケル工場にてさらに精錬されることでバッテリの材料になります。ここで、THPALは住友金属鉱山が保有している現地子会社です。その経営責任は住友金属鉱山にあります。この鉱山と精錬事業の組み合わせとほぼ同様の構造でパラワン州バタラサ町リオツバ鉱山でも、鉱山開発と精錬事業が行なわれています。

すなわち、これらのつながりをまとめると、電気自動車の製造企業であるテスラは車載バッテリをパナソニックと共同開発しており、そのパナソニックは同時に住友金属鉱山とも車載バッテリの共同開発を行なっています。そして住友金属鉱山はフィリピンに連結子会社が2社あり、そこから原材料となる鉱物を調達しています。その現地子会社2社に鉱物を提供している企業も住友金属鉱山が一定程度の影響力を持つ現地鉱山企業になります。そのようにしてテスラ、パナソニック、住友金属鉱山と現地鉱山事業者がつながるサプライチェーンが作られています。

image

<図1 テスラ、パナソニック、住友金属鉱山のサプライチェーン概要図>


ところが住友金属鉱山のフィリピンでのニッケル精錬事業は何年も前から環境NGO FoE Japanが調査し、環境問題を訴えてきました。現地の先住民族への説明不足、手続きを十分に踏んでいない強制立ち退き、周辺の水質汚染などが指摘されています。リオツバ・ニッケル鉱山と関連精錬施設付近では毎年研究員が水質調査をしており、発がん性物質六価クロムによる水質汚染を確認しています。しかしタガニート鉱山周辺での検査は2013年を最後に継続できていません。今も汚染は続いているのでしょうか?先住民族の置かれている状況は改善しているのでしょうか?

2018年に大竹財団の助成をいただき、住友金属鉱山の関連採掘・精錬事業の一つであるフィリピン・タガニート地区を訪問し、2018年現在の汚染あるいは先住民族の置かれている状況を調査しました。

現地調査

今回調査のために訪問した場所は下記の地図に示すとおりです。

image

<図2 調査地周辺図(数字は水質調査サンプル取水地点を示す)>


調査地では複数の鉱山企業がニッケル採掘を行なっています。アドナマ工業資源社(Adnama Mining Resource Inc.)、プラチナ・グループ金属社(Platinum Group Metals Corporation)、そして今回対象としているサプライチェーンに直接関係あるタガニート鉱山社がともに周辺の採掘を行なっています。精錬をしているTHPALはタガニート鉱山の採掘エリア北部に精錬所・発電所及び関連設備を構えています。

この鉱山地域一帯ではかつてフィリピンの島々に最も古くから生活している先住民と言われているママヌワ先住民が生活している山々がありました。ところが、鉱山開発にあたってママヌワの人びとは山を追われ、新たな生活の場所を与えられないまま、転々と移転をつづけ、ようやくウルビストンド(116世帯)とタガニート(約90世帯)の2つの集落のママヌワの人びとがタガニート鉱山社並びにPGMCの建設したプンタ・ナガ移転地へと移動しました。

本調査ではプンタ・ナガ移転地に移動した元ウルビストンド村カパンダン集落のママヌワ先住民族の方々とのグループインタビューと精錬企業労働者代表へのインタビューを行ないました。

そしてこれら聞き取り調査によって水の不足と汚染の問題そして過酷労働を含む労働問題が明らかになりました。

水の不足と汚染

フィリピン現地では雨季と乾季があり、乾季ではその名のとおりあまり雨が降らない中、気温は35℃を超えることもしばしばあります。そんな中、プンタ・ナガ移転地では十分な水源がなく、鉱山会社らが移転地に大型タンクを設置し、そこへ水道で定期的に給水されていました。各家庭には水道はありません。ところが、このタンクへの水道の一部が昨年破断したために、現在は全く給水されていません。当初約束された給水設備は使えないのです。

状況を改善するために、THPAL社が住民へ水をポリタンクで配布する取り組みを始めましたが、支給される水は1週間に2ガロンのみ。調査に応じてくれた人びとは4~6人の家族が1日1ガロンで生活しているといいます。当然支給される水だけでは生活できません。

そこでママヌワの人びとは2つの付近の水源を見つけ、その水を汲んで生活用水にしています。一つは移転地よりもさらに上流にさかのぼった湧水。(地図上地点4)もう一つは下った海岸近くの湧水になります。前者は急な坂を上り下りしなければならず、水でいっぱいになったポリタンクを持って徒歩で通うのは困難な場所です。バイクや自動車などの移動手段を持つ住民でなければアクセスしにくい場所です。もう片方(地図上地点3)は移転地からも近く、十分に徒歩でアクセスできます。これら二つの湧水を活用することで何とか人びとは暮らしていました。

その水は安全なのでしょうか?

しかし、今回両者の水質サンプルを検査したところ、有害物質で、発がん性が認められる六価クロムの形跡が上流の沢からはわずかに見つかり、後者の海岸付近の沢からは日本や世界保健機構(WHO)が認める安全水準(0.05ppm)を超える値で検出されました。住民が余儀なく飲んでいた水は決して安全とは言えない水だったのです。

image

移転地付近の飲料水で検査した六価クロム検知管。右側の検知管がサンプルに対して行った検査。左が比較のためにミネラルウォーターで検査したもの。前者はうっすらピンクに反応しているが後者は透明

同様にタガニート鉱山並びにTHPALの操業する地域を通る二つの河川、ハヤンガボン川(地図上地点2)とタガニート川(地図上地点1)の水質も検査を行いました。ハヤンガボン川の水からは六価クロムが検出されませんでしたが、タガニート川からは大幅に基準値を大きく超える値の六価クロムが検出されました。タガニート川には柵も設けられていなく、暑い夏場には住民が利用してもおかしくない川です。しかし、住民はその水の汚染については正式に知らされていないようでした。

image

タガニート川河口付近で取水したサンプルの検知管反応。濃いピンク色に染まっている

image

取水したタガニート川河口付近。川には柵がなく、誰でも入れる・触れられる状態。近くでは子どもも遊んでいる

悪質な派遣労働と過酷な労働環境

問題を現地で訴えていたのはママヌワ先住民族の方々だけではありません。THPALにて運転手として雇用されている労働者の話を伺うと、数十名の運転手らが複数年にわたって人材派遣会社を通じた派遣労働者として雇用されており、正規雇用が実現していないと言いますフィリピン労働法では非正規雇用は1年間続けた後には(連続・非連続を問わず)その業務内容が続く限りにおいて正規雇用とすることが定められています。中には7年、あるいは8年間同じ運転手の仕事を続けている労働者もおり、悪質な派遣雇用だと言えます。

また、労働者らは過酷な環境で仕事を余儀なくされています。ある労働者の給与明細と証言とを照らし合わせると一般的な1日の労働時間は12時間になります。朝7時に出勤し、午後7時に退勤します。この12時間シフトを6日間連続で行い、休暇は1日のみ。その後翌週は逆に午後7時に出勤し、朝7時退勤なる夜間シフトとして1日12時間の勤務を続け、1日休暇を得て、また日勤シフトになります。この勤務体制だと平均的に1ヶ月の時間外労働は80時間を超えています。日本では厚生労働省が1ヶ月45時間以上の時間外労働は健康リスクが高まると指摘しており、月平均80時間を超えるといわゆる「過労死ライン」を越えた労働時間になります。夜間に傾斜45°を超える道を過労状態で運転する労働者が何名もいることは雇用者として安全配慮に欠けている状態になります。

開発を始めるとき、鉱山会社らは様々な口約束をしました。ママヌワの因習ではダトゥと呼ばれるコミュニティの長と交わした約束は口約束であっても必ず守らなければならない聖なる儀式の一種とされています。人びとは当てにしていた約束が守られていないことに強い怒りを感じています。

先住民族でなくても与えられた労働は非正規の過酷なものでした。私たちが気候変動という環境問題の解決を目指す中で、フィリピンの片隅では人びとが苦しんでいました。私たちはものを作って消費していくことで問題を解決するのではなく、抜本的に消費文化を見直すこと。ものを長く慎重に使っていくことを考えなければ、またどこかで同じ問題に直面することになるでしょう。

そしてパナソニックもテスラもCSR(企業の社会的責任)を果たしていることを謳う企業です。サプライチェーン上での問題には毅然と立ち向かうことが方針として掲げられています。しかし、現地で見られた状況はその理念とは大きなギャップがあるようです。責任ある企業を名乗る以上は早急な対応が求められます。

ー『地球号の危機ニュースレター』No.458(2018年8月号)掲載  ー