早川 幸子
私が暮らしている茨城県石岡市の八郷地区には、地域単位で参加する昔ながらの自治会のほかに、住民が自主的につくっている複数の共同体(コミュニティ)があります。自治会が地域の住民すべてを対象としているのに対して、自主的な共同体は、趣味や嗜好、思想などが共通するもの同士が集まる場になっています。その自主共同体の一つに地域通貨「さとのわ」というグループがあります。
地域通貨は、一定の地域やコミュニティの中でモノやサービスを循環させることを目的とした貨幣(交換の手段)です。円やドルなどの法定通貨のように、誰でもどこでも使えるものではありませんが、地域内の人材や富みが外部に流出することを防ぎ、地域経済を活性化させるものとして期待されています。また、人と人とのつながりがベースになる経済活動なので、行き過ぎた市場経済に歯止めをかけ、人や環境に大きな負荷を与えない持続可能な社会作りを目指す連帯経済としての役割も持っています。
日常生活でのつながる場を求めて始まった活動
八郷地区では、東日本大震災の復興のために2012~2016年の5年間、「未来へつなぐ生き方を感じるローカルフェス」と題して、若い世代が手掛けた八豊祭(やっほうまつり)という祭が行われていました。この祭は、地域に根付いてきた文化や暮らしを見つめ直し、これからの未来を創造することを目的に、地域住民がさまざまな垣根を超えてつながる場としてつくられました。その活動から発展し、祭という非日常だけではなく、日々の暮らしのなかで地域住民が助け合う仕組みをつくるために、2016年9月に始まったのが地域通貨「さとのわ」です。
前述の通り、地域通貨は法定通貨を介さずに、モノやサービスを取り引きするための仕組みです。「さとのわ」で取り引きに使われている通貨は「さと」で、対価の支払いには紙幣やコインではなく、通帳に金額を記入するという方法がとられています。取り引きをしたい場合は、メーリングリストに欲しいモノや手伝ってもらいたいサービスの内容を投稿し、提供してくれる人を募集します。価格は自由で、取り引きする人同士で決めていきます。「さと」だけではなく、「円」でかかる実費を上乗せすることも可能です。取り引きが成立したら、利用者と提供者がそれぞれの通帳に金額(さと)を記入していきます。
例えば、Aさんの「草刈りの手伝いを1時間1000さとで手伝ってほしい」という募集に対して、Bさんがサービスを提供する場合、Aさんは通帳の「出」の部分に「1000さと」と記入し、Bさんは通帳の「入」の部分に「1000さと」と記入します。これで、「さと」での支払いは完了です。
この他に、年に数回、家の不用品や手作りの品を持ち寄る「さとのわ市」が開かれ、「さと」で欲しいものを手に入れることができます。
取り引きには互酬性がなく、「さと」でモノやサービスを提供してもらっても、それに見合うだけのモノや労働を返す義務はありません。誰かの使わないものが循環することで、通常なら捨てられるものが資源に変わり、労働力を提供してもらうことが誰かの活躍の場になるという考えです。そのため、提供できるモノやサービスが何もない人でも参加可能で、メンバーとして貢献し合いという気持ちがあれば誰でも加入できます。現在、八郷地区とその周辺地域で約150世帯が参加しています。
日常生活の困りごとを解決する手段として地域通貨
私も移住後の2016年12月に入会し、引っ越しで使わなくなった家具やガス機器、食器などを使ってくれる人を募集したり、新居の庭に植える紫陽花の挿し枝の提供をお願いしたりしたことがあります。ジモティーなどネットのフリマアプリなどを使えば、家の不用品の貰い手を探すこともできますが、市場では価値がつきにくいものに、顔の見える関係で必要なモノを循環できるというのが地域通貨の安心感です。
一方で、「さとのわ」で扱われている案件の中に、「自宅の電気工事をしてほしい」「車を修理してほしい」など、プロの資格が必要な仕事や、法定通貨(円)で高額になるような仕事の依頼は見かけません。
「さとのわ」で取り引きされている事例は、「体調が悪いので、ごはんづくりを手伝ってほしい」「子どもの学校用品を譲ってほしい」「高齢の母の話し相手になってくれませんか?」といったことです。また、「ヤギの里親募集」「敷地の木を切ったので薪にしませんか?」など農村地帯ならでは依頼もありますが、取り引きの中心はちょっとした困り事のお手伝いや家の不用品の提供です。
市場経済では価値をつけるのが難しいことなので、お金(円)と時間、そして気持ちの余裕のある「持っている人」が、困っている「持たざる人」を助けるというボランティア的な要素が強くなります。こうした助け合いは、先祖代々八郷で暮らして血縁のある人、移住から年月がたって地縁ができている人にとっては、「さとのわ」ができる以前から当たり前にやってきたことです。そのため、「さとのわ」の加入者は新規移住者や都市住民が多く、地域での認知度は高くありません。また、互酬性がないのが特徴ですが、その代わりに深い関係性が求められ、心理的境界線があいまいになりがちです。一定の距離を保った人間関係を望む人には煩わしい面もあるでしょう。
2025年秋、メーリングリストに投稿する人や会合に参加する人が固定化し、活動が停滞していることに危機感を覚えた「さとのわ」運営委員会は、会員に対してアンケートを行いました。スタートから10年という区切りの年に、今後の方向性を改めて考えることにしたのです。私自身も移住から10年がたち、その間に少しずつ地縁ができたことで、「さとのわ」に頼る回数は減っています。でも、他に頼るコミュニティのない人にとって、「さとのわ」の存在がなくなるのは心細いことだと思います。また、参加者が固定化しているとはいえ、メーリングリストへの投稿は定期的にあるため、存続を希望する声が多数でした。そのため、活動の持続可能性を高めるための方策を探っているところです。
魅力あるモノやサービスが集まる場づくり
「さとのわ」を、気の合う人同士が集まって、日常生活のちょっとした困りごとを助け合う地縁の一つして捉えるなら、これ以上の成長は必要ないでしょう。でも、本来の目的は地域通貨を媒介とした経済活動だったはずで、設立当初は「家を建てられるくらいのモノやサービスを交換できるようにしたい」という野望もあったようです。地域通貨としての拡がりを求めるのであれば、今以上に「欲しい」「交換したい」と思える魅力あるモノやサービスが集まる場にしていく必要があります。
そもそも貨幣そのものには価値はありません。法定通貨も、それが価値のあるものだと、多くの人が信用することによってモノやサービスの循環に使われます。そうした信用が「さと」にもついて、法定通貨(円)で購入している普遍的な価値のあるモノやサービスが「さとのわ」に提供されるようになれば、同じように価値のあるモノやサービスを提供してくれる人が増えていく可能性があります。例えば、作家活動をしている「さとのわ」メンバーの作品が「さと」で買えるようになれば、毎日食べるお米を「さと」で提供してくれる農家がでてくるかもしれません。また、「さと」でしか買えない「さとのわブランド」を創設し、魅力ある場として認知されていけば、強い経済を支えるものになるかもしれません。
ただし、普遍的な価値の追求は表裏一体で、魅力あるモノやサービスを提供できない人は参加できなくなり、「持たざる人」が排除されてしまうというジレンマが生まれます。それは地域通貨が目指すところではありません。
「さとのわ」が持続可能性を高めながらも、誰もが参加できる場所として存続していくためには、「日常生活の困りごとをカバーできる場」「魅力あるモノやサービスが集まる場」という2つの目的を同時に実現する方法を考える必要がありそうです。
早川 幸子
『地球号の危機ニュースレター』
No.546(2026年8月号)

