「地球号の危機ニュースレター」547号(2026年9月号)を発行しました。

りんごの南限、みかんの北限(第5回)共有地の草刈りは誰がするべきなのか?

草刈りをしてない田んぼの法面 © 早川幸子

草刈りをしてない田んぼの法面 © 早川幸子

早川 幸子

「家事」とは、生活を維持・管理していくために必要な家庭内のあらゆる仕事を指す言葉で、「岩波国語辞典 第八版」には次のように記されています。

かじ【家事】

① 家庭内部の事柄。「――の都合により」
② 家庭生活をいとなむためのいろいろな仕事。掃除・炊事・洗濯など。「――に追われる」「――労働」

(『岩波国語辞典第八版』(岩波書店)

 東京でアパート暮らしをしていた時の家事といえば、炊事、洗濯、掃除が主なもので、この辞書に挙げられている通りでした。ところが、茨城県石岡市の八郷地区に移住してからは、これに「草刈り」が加わり、私の家事労働のなかで最も労力を割くものになっています。

 枯れ野に下萌えの草花が顔を出す早春。オオイヌノフグリとカラスノエンドウの花が咲くと草刈り準備の合図です。そして、気温の上昇とともに、タンポポ、シロツメクサ、ホトケノザ、イヌタデ、ナズナ、スギナ、イタドリなどが庭や畑を埋め尽くすようになり、本格的な草刈りシーズンが始まります。

 梅雨に入ると、ヒメシバやイヌビエ、エノコログサ、ススキなど、イネ科の草たちが勢いを増して、種類によっては人の背丈ほどに伸びてきます。油断するとあっという間に草だらけになり、雑草が蔓延る家は人が住んでいても廃墟感が漂います。景観が悪いだけではなく、隣家に草がはみ出るとご近所トラブルの原因になり、道路にはみ出た草は車の通行の妨げにもなります。畑に蔓延った草は農作業の邪魔になりますし、生育にも影響がでます。草刈りは、円滑な田舎暮らしを続ける上での重要なファクターになっているのです。

 ご近所さんとの何気ない会話の中でも、「〇〇さんは、いつもきちんと庭の草刈りしている」「××さんは、道路の草刈りまでしてくれる立派な人だ」といった言葉が交わされ、草刈りに対する姿勢が人柄の判断材料にもなっています。

 私も移住して初めて、先端に丸形のチップソーがついた刈払機を購入し、慣れないながらも草刈りするようになりました。当初は勝手がわからず、アクセル全開で暴走族並みにブオンブオンと刈払い機を振り回し、隣の畑のおじさんに「ふかし過ぎだ~~~っ!」と教育的指導を受けたこともありました。でも、移住から10年たった今では、掃除機をかけるように日常的な家事の一つとして刈払機をかけるようになっています。

刈っても伸びる草と戦った2026年夏

 私が使っているのは、比較的扱いやすい充電式の刈払機で、日が傾き出して涼しくなった夕方、「電池が切れるまで」というマイルールをつくって、毎日のように少しずつ草刈りするようにしています。こうすると草が伸び放題になることはなく、それなりに景観を保つことができます。ところが、今年は刈っても刈ってもアッという間に草が伸びて、例年以上に草刈りに追われる夏になりました。最初は気のせいかと思ったのですが、どうやら雨の多い気象条件が草の生育にも大きな影響を与えていたようなのです。

 植物の光合成は、光・二酸化炭素・水の三条件が揃うと活発になります。特に、雨が降った直後に気温が高くなると代謝のスピードが速くなり、草はぐんぐんと成長します。今年は、同じ関東の千葉県で線状降水帯による集中豪雨で大きな被害が出ましたが、茨城県でも大雨が続きました。

 気象庁のホームページの「過去の気象データ」によると、八郷に近い土浦市の2026年の夏の降水日数は、6月が27日、7月が15日、8月が18日で計60日。3カ月で579.5mmの雨が降りました。2025年の同月間は、降水日数が34日で、降水量が286.5mmだったので、今年の夏は昨年の2倍の雨量があったことになります。雨が多いうえに気温も高く、2026年の夏の最高気温は、6月が33.2度、7月が37.5度、8月が35.7度。降水量の多さと気温の高さという草の成長に必要な要件が、これ以上なく満たされていたのです。そのため、草刈りしてからほんの2週間程度で次の草が腰丈まで伸びて、また草を刈るということを繰り返した夏でした。

 草刈りは、一度刈ればそれで終わりではありません。刈っても刈っても伸びるので、景観を保つためには、冬になって自然に草が枯れるまでは、定期的な草刈りが必要になります。最近の刈払機は軽量化が進んでいるとはいえ、軽いものでも23kgはあります。重いものになると56kgになります。それを肩にかけ、左右に振り回しながら移動して草を刈っていくので、なかなかの重労働です。特に気温が30度を超える真夏の作業は過酷で、刈払機を30分程度かけるだけで滝のような汗がでます。

 とはいえ、草刈りは義務ではありません。「家庭生活をいとなむため」の家事の一つですから、自宅の掃除をしない人がいるように、自分の敷地を草刈りするもしないも所有者の自由です。景観が悪くても、実害がなければ、他人がとやかくいうことではありません。でも、草刈りに対する考え方のすり合わせが難しいのが公共性の高い場所です。

草刈りされておらず廃墟感すら漂う法面 © 早川幸子

草刈りされず廃墟感漂う法面 © 早川幸子

きれいに草刈りされている法面 © 早川幸子

きれいに草刈りされている法面 © 早川幸子

当たり前の風景は誰がつくっているのか

 石岡市の中でも、その7割を占める八郷地区は総面積が約154km2あります。東京の山手線の内側の面積が63km2なので、八郷地区だけで山手線2.4個分の広さがあるのです。そのうち、農地面積は約43km2で、山林面積は約104km2。農地と山林で95%を占めています。わが家の前も広大な田園風景が広がっています。田んぼの脇には畦道があり、道路との間には法面(土手)がありますが、放っておくと草に覆われていきます。

 畦道や法面の所有者はまちまちで、個人のこともあれば、市町村や土地改良区などの公共団体が所有していることもあります。登記が個人の畔道や法面の草刈りは所有者や耕作者に委ねられますが、行政が管轄する畔や法面は必ずしも彼らが草刈りしているわけではありません。多くの場合、隣接する田んぼの所有者や耕作者が草刈りするという暗黙の了解があるようです。そのため、田植えや稲刈りの前になると、田んぼの所有者や耕作者たちが周辺の畔道や法面の草刈りをしてくれています。こうした無償の労働があるからこそ、地域の景観や環境が保たれているのです

 ただし、共有地の管理は義務ではないため、草刈りされずに草で覆われた畔や法面もあり、荒れた雰囲気を醸し出しています。景観が悪いだけではなく、道路に葛が這い出すと道幅が狭くなったり、セイタカアワダチソウや篠竹に塞がれて見通しが悪くなったりして、交通の妨げにもなっています。とはいえ、畔道や法面の草刈りは田んぼの耕作者の善意に頼って慣習的に行われてきたものです。環境整備には欠かせない労働ではあるものの、草刈り自体には生産性はなく、1円もお金になりません。利益にならないことを忌避する人がいるのも仕方のないことでしょう。

 農林水産省では、「多面的機能支払交付金」という補助金制度を設けて、農業者や地域住民が農地や水路、畦道、法面などの共同用地の保全活動するための支援事業を行っています。この制度を利用すれば、草刈りにかかる経費や日当をもらうことができますが、会計報告をするなど一定のハードルがあり、誰でも簡単に利用できるものではありません。そのため、利用していない地域も多く、地域環境を守る担い手作りの決め手にはなっていないようです。

 田んぼや畑には食糧をつくるという機能だけではなく、生態系保全や環境保全、水源涵養機能、気候変動への対応などの役割もあり、この地球で暮らす全ての人の生活に大きく影響する場所です。でも、その農地や畑の整備に関わっているのは、ごくわずかな農業従事者です。農林水産省の「令和8年農業構造動態調査結果」(202621日現在)によると、基幹的農業従事者は98.7万人で、日本の人口のわずか0.8%です。個人経営の農業従事者の平均年齢は67.7歳。構成比では70歳以上の高齢者が56.5%で、39歳以下の若い世代は5%しかいません。日本は少ない高齢の農業従事者が、食糧生産や環境保全を支えているのです。

 田んぼにお米が実るのは、田植えをしている農家がいるからです。

 田んぼの畔や法面がきれいに管理されているのは、草刈りをしてくれる農家がいるからです。

 私が当たり前だと思っている風景は、誰かの労働によって生み出されたものです。でも、農業従事者の高齢化が進んだ今、これまでの慣習や善意に頼るだけでは、この当たり前は守れなくなってきています。

 公共性の高い畔道や法面の草刈り、水路の泥上げといった労働は、誰に責任の所在があるのか。他人事ではなく、この地域で暮らすことを選んだ私も考えなければいけない問題だと思っています。

 

早川 幸子

『地球号の危機ニュースレター』
No.547(2026年9月号)

 

 

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