湯木 恵美
地域猫のボランティア活動をしていて思うことは、人の流行病と同じで、猫もその年によって多い病気や、症状が違うという事だ。
今年は何と言ってもFIPが多かった。猫はコロナウィルスと言う伝染性のウィルスを持っていることがある。(昨今流行った人のコロナウィルスとは違うもの)そのまま何事もなく成長することもあるけれど、何らかのきっかけで、コロナウィルスがFIPというものに変化し、重篤な症状を引き起こす。
何故、FIPに変化してしまうのかはわからないけれど、不妊去勢手術、環境の変化、風邪をひいて身体が弱ったなど、ストレスがかかった時に発症してしまうような気がしている。どうであれ、防ぎ様がない。
このFIPという病気を知ったのは、活動を始めた20年位前のことだった。あの頃は正確に確定できる検査もなかった。おおまかな傾向を得るだけの検査はあったけれど、あくまでも傾向だけだったし、高額な延命治療もさほど効果があるとは思えなかった。
私たちボランティアは、何もすることができなかった。わかっていることは、100%助からないことだけで、少しずつ元気がなくなり、少しずつ弱り、数週間のうちに亡くなってしまうことを見守るばかりだった。発症率は子猫に多くて、成猫であっても若い猫に発症していたように思う。
いろいろな事情で保護した子猫たちが、風邪をひいたり治ったりしながら、家族として迎えられていく喜びは何物にも変えがたいものであるけれど、何事もなく大人になってくれるまでは不安は拭えない。急に亡くなってしまったと言う悲しい知らせを受けた時、元気にはしゃいでいた姿を思い、迎えてくださった方の温かな笑顔を思い、かける言葉も見つからずにいた。
ありがたいことに、ここ数年はFIPのことを忘れてしまう程、その事案に直面することがなかった。毎年、同じ位の数の子猫を保護するし、同じ位の不妊化手術をしているにも関わらずにだ。
しかし2024年の今年に入ってから、別チームからFIPのことを耳にする機会が多くなった。正直、久しぶりに聞いた名前と味わったことのある絶望感を思い出していた。けれどここ数年の間に新薬なるものが開発され、治っている事を知った。私の凝り固まっていた頭にはなかなか信じられなかったが、調べてみると80%完治であるという。しかしながら100万円近い費用がかかると書かれていた。一方では、ネットにて新薬が個人的に注文でき、数万円で完治させたと言う情報も多々あった。これには非常に驚いた。私の古い脳はしばらく受け入れられなかった。本当に効くのだろうか。本当に治るのだろうか。
今の所、獣医師免許がなくても注文できる。驚きとともに縋るような思いで調べ、他チームの実績などを聞いてまわった。
そんな時、私が譲渡した猫の体調が著しく悪いとの連絡があった。病院にも行っているが、良くならないと。
様子を見に行くとガリガリに痩せてしまい、元気がなく、何をあげても食べなくなってしまったとの事だった。FIPの特徴のひとつに腹水が溜まる事がある。この猫にもその診断がされていたので、私が新薬のことを話すと、すぐにご自身でネット注文して、試してみてくださった。
幸いにも、飲み始めてほどなく改善し始め、今ではすっかり元気になっている。 その後もこんなことがいくたびもあった。まるで夢でも見ているようだ。と、同時に怖いような気もする。医学の急速な進歩に頭と心が追いつかない。
確かに試験段階の部分もあり、取り入れていない病院もあった。これから何か重大な副作用が起きるかもしれない。ただ、今の私たちには、黙って死を待つことを長くして来たので、私たちには、この薬に縋るしかないと思っている。
猫コロナウィルスは、いろいろな側面があり、いろいろな考え方がある。今回この新薬に伴い調べた時に引っかかったことがあった。
猫コロナウィルスの感染経緯に対して某病院の見解だ。一見わかりやすく書かれていたため、同じ文章があちこちで転用されていた。 「コロナウィルスを持っている猫、または感染経路は施設、ブリーダー、野良猫、複数飼いの家などである。ペットショップは1頭1等管理されている為、感染しない環境である」と。一般の動物病院でこのままを使っている場合もあった。
施設と言うのは、明らかに私たちのようなボランティア団体を指すのだと思う。迷わず保護した子猫たちを現場別にするため、メンバーが各家に連れ帰ったり、部屋を同じにしないように出来る限りのことをしているが完璧とは言えない。接触を持たせていないとも言えない。胸が痛かった。野良猫も、ブリーダーの猫も多頭飼いの子も助けたいのだから、もっとできる事は精進したい。
ひとつだけ腑に落ちないことは、どうしてペットショップに置かれる猫たちがブリーダーから来ると言うことを知らないのだろうか?ということ。病気を発症してしまった猫や犬たちが、一旦ショップに並んでも戻される事実や、その後どうなるか考えたことがあるのだろうか。あまりに想像力がなく、上面な言葉の一人歩きに腹立たしさを覚えた。
生きているのだから、病気もする。 家のない猫を含め、人間の支配下にある生き物は、人間の決まり事ひとつで欠陥とみなされ、最悪生きるチャンスさえ失うことを広く考えて欲しい。 完璧な状態で、生き続けられる猫の割合の方が少ないことを私は知っている。
しかし、私の言っている事は、一方向の感情論であると思わされる出来事もあった。
私の弟は心配症で、飼い猫の健康状態をいつもいつも気にしている。 今、弟が一緒に暮らしている猫は、私の保護した猫で発育が悪く、弟家族に半ば強引に頼んで一年が過ぎた。あまり大きくならない。けれど家族の一員として、どこからどう見ても幸せそうに暮らしているし、大切にされている。弟は猫を溺愛している。 「そんなに心配しなくても、猫は生きた長さじゃなくて、短くたってどれくらい幸せだったか、どれくらい楽しめたかって、それが大切だと思うよ」などと私は言った。本気でそう思っているから、弟に限らず私がよく使うフレーズなのだけど、弟にはこう返された。
「短かったとか長かったとか、僕には関係ない。失ったらただ寂しいから心配なだけで、失いたくないだけ」 言葉がでなかった。本当にそう思う。
私たちボランティアが保護して、迎えてもらって、病気が見つかり失ってしまう命の何と多いことか。愛しているからこそ生じるやり切れない切なさ。反対に、お金のために生まれてきて、品定めされる命。入らないと捨てられる命。
正解がわからない。
それでも毎日、ひとつでも多くの命を助けていきたいし、そんな思いを持ってくれる仲間は確実に増えている。
FIPと言う病気が蔓延してしまった2024年、それに伴う奇跡とも言える薬も出来た。人の気持ちも変わってきている。 2025年の動物愛護法の改正年を前に、沢山の思いに向き合った年だった。
湯木恵美
『地球号の危機ニュースレター』
No.534(2024年12月号)