フランス:飲む酒、飲まれる酒

© 鈴木なお

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鈴木 なお

 今夏のフランスは全国的に暑い。太陽が意地悪なほど照り付け、道端の雑草はサクサク音がするほど乾ききっている。山火事も頻発している。ぐったりした筆者の脳裏に、南仏に住むフランス人の従兄が夏にワインを飲んでいた姿が浮かぶ。涼し気な顔でグラスを手にする従兄は…、いつも赤ワインを水で割っていた。亡き叔父もそうだったらしい。その昔ローマ人はワインを水で割って飲んでいたと聞いたことがあるが、その子孫だからだろうか。理由は不明だ。

 フランスに来る前は、フランス人はワインばかりを飲んでいると思っていた。しかし実際は、ビールを飲んでいる人も多いし、すべての家庭が日常的にワインを嗜んでいるわけでもなかった。そこに、この従兄だ。とはいえ、猛烈に暑い真夏の南仏、冷水が注がれたグラスの結露、透明感が増したワイン。最初はまさかの水割りに絶句したが、涼やかだし、本人は嬉しそうに飲んでいるしで、それもありかと思うようになった。

フランス人のワイン消費量は

 フランスのワイン消費量は、1975年の一人当たり年間平均100リットル(!)から現在では年間35リットルに減った。当然、薄めて飲むようになったからではない。一人一人がフルボトルで年間133本飲んでいたのが年間46本に減り、3日もたたずに1本あけていたのが1週間に1本のペースに落ちたという計算だ。平均値なので、一部の人たちが他の人たちの分も飲んでいることを考えると、以前は明らかに飲み過ぎだった。ただし、消費量が減ったとはいえワインは今でもフランス人の6割にとって「好きなお酒」で、一番人気をキープしている。次いで58%がビール、39%がシャンパン、31%がカクテル、22%がシードル、21%が蒸留酒が好きだと回答している。 

 筆者が見る限り、カフェでは生ビールを飲んでいる人が多いと思う(以下、筆者のフランス生活における観察によるもので、統計ではないのでご了承ください)。カウンターで立って飲む、店内のテレビでサッカーの試合を見ながら飲む、テラス席でタバコを吸いながら一杯やる、という人たちはたいていビールを飲んでいる。ベルギービール専門のビアカフェは大盛況だし、駅前のベンチでは安いビールを煽る人々を目にする。一方で、レストランの眺めの良い席に座り、高そうな赤ワインを注文している「明らかにお金持ちそう」な男性客も相変わらず目につく。最近は女性を中心にロゼワインの人気が高いせいか、小ぎれいなカフェや洒落たビストロで、冷えたロゼを囲って女性陣がおしゃべりしている様子もよくみかける。レストランでちゃんとしたディナーとなれば、テーブルのあちこちにワインが並ぶ。 

 自宅での消費はバラバラだ。1本のワインを数日かけてちびちび飲む一人暮らしの人もいれば、カーブに千本単位で高級ワインを貯蔵してあり、勢い良くボトルを空にする人もいる。食前の甘いお酒(ポートワインやピノーなど)が何より楽しみな人もいれば、食後に強い蒸留酒を飲むのが好きな人もいる。日本のウイスキーも人気だ。そうそう、食事の半ばに強い酒を飲む習慣もある。これは「トゥルー・ノルマン(ノルマンディーの穴)」と呼ばれ、延々と続く食事の中間にアルコール度の高いカルバドス(リンゴの蒸留酒、ノルマンディーの特産品)を少量きゅっと飲み干すことを指す。胃を洗い流してちょいと隙間(穴)を作り、次の料理がまた楽しく食べられるようにする算段だ。良いか悪いかは別にして、確かにこれを飲むと「よし、まだまだ食べられるぞ」と感じる。

  その一方で、最近、アルコールを飲まないフランス人の割合が全体の15%に達したという調査結果が出て、酒類業界は渋い顔という話も聞く。英国発祥の「ドライ・ジャニュアリー(断酒の1月)」といったムーブメントにフランス人も参加し始め、2024年には450万人のフランス人が1カ月間断酒したとされる。政府が飲酒抑制に力を注いでいることも消費後退の一因だろう。もともと食事の最初から最後まで水(ガス入り、ガスなし)オンリーの人もいる。これはまた別の話だが、ワイン通の筆者の義父は、食事のお供は通常ワインだが、サラダの時は「合わない」ため絶対に水しか飲まない。拠ってサラダを食べる回数が増えれば彼の飲酒機会は減る。

若者たちの嗜好

 日本では若者のアルコール離れが著しいと聞いたが、フランスの若者もアルコールをあまり消費しなくなってきた。たとえば毎週アルコールを飲む人の割合は65-75歳層で43.8%であるのに対して、18-24歳層では27.3%だ。別の統計では、Z世代(1995-2012年生まれ)で定期的にワインを飲む人の割合は23%、ビールが24%、蒸留酒が10%であるのに対し、ミレニアル世代(1980-1994年生まれ)はワイン32%、ビール38%、蒸留酒16%、その上のX世代(1965-1979年生まれ)はワイン36%、ビール36%、蒸留酒12%、さらに上のベビーブーム世代(1946-1964年生まれ)はワイン44%、ビール40%、蒸留酒17%と、世代があがるごとに割合もあがるという明確な構図になっている。そのかわり16-17歳の85%はすでにアルコールを飲んだことがあるといい、飲酒の開始時期は早いようだ。

 思い起こせば、フランスで多くの若い男性が筋トレに励み、プロテインを飲み、鏡の前にしょっちゅう立つようになった十年ほど前から、アルコール離れが目に見えるようになった気がする。若い女性は以前よりもアルコールを飲んでいる気がしないでもないが、消費総量を押し上げるほどではないようだ。世界的に高まる健康志向や、他の飲料への関心の方が勝っているのかもしれない。

 というのも、フランスの若い子たちの間で、アルコール飲料ではないが、カフェインなどがたっぷり入ってハイになれる「モンスター」や「レッドブル」といったエナジードリンクが人気だからだ。こうしたドリンクは嗜好性が高く、アルコールと同じような危険があると問題視する声もある。筆者の知り合いにも毎日飲まないではいられない20代女性がおり、すごくがんばって11本に抑えているそうだ。

 その一方、若者の間では、スリルを味わうためや、SNSにアップするためのほか、仲間外れにならないための「お付き合い」での飲酒が増えている模様だ。最近ならば、度数が高くてすぐに酔え、集団で騒いだり、酒にどれだけ強いか競うためにもってこいの缶入りアルコール飲料「Vody」が流行っている。ウォッカとエナジードリンクが混ざった飲み物で、値段が安い点も若者に受けている。しかし、未成年でも簡単に入手できるなど問題も多く、政府がそろそろ規制に乗り出しそうな気配だ。

 2〜30年前のフランスの若者たちは、よくウイスキーをオレンジジュースやコーラなどで割って飲んでいたものだが、今はこうした出来上がった商品がよく売れるのだなと思う。知らない間に筆者の周りで信奉者が増えていた「デスペラドス」というテキーラ入りの甘いビールも、値段が高いのに良く売れている。その一方で、地ビールや上質のカクテルを求めるなど、「こだわり」志向も今の若者の特性と言われている。

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若者たちの嗜好

 アルコールがフランスの社会に与えている損失は年間1180億ユーロ(20兆円)以上だと言われている。アルコール中毒やその他関連疾患による国の医療支出の増大、交通事故、生産性の低下などが原因だ。しかし、アルコール消費はどうしても社会と切り離せない面もある。失業や失恋、家族との複雑な関係、集団の中での疎外感などが入り口となってアルコールに走る率が高くなるのは今も昔も同じだ。それはフランスでも同じで、個人主義が確立している国だから一人でいても平気ということではない。 

 パリを歩けば、どのカフェにも必ず一人は孤独と酒に飲みこまれてしまっている人がいる。まるでエドガー・ドガの油絵『カフェにて(アプサント)』のようだ。アプサントはニガヨモギなどをベースとする薬草系リキュールで、19世紀にフランスを中心に人気を博したが、普及するに連れて粗悪品が出回り、精神錯乱を引き起こす恐れがあるなどを理由に1915年から2011年までの間、製造販売が禁止されていた。ドガの絵の女性はすぐ隣に男性が座っていて、厳密には一人ではないが、互いに無関心で、二人の関係性は希薄に見える。彼女は19世紀後半の労働者階級の女性で、パリの場末のカフェで、くたくたのドレスを着て、うつろな目でアプサントを前に座っている。時代も衣装も違えども、現代のパリのカフェで見かける一部の人たちと、寂しさの色合いがよく似ている。

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鈴木 なお

フランス在住

『地球号の危機ニュースレター』
No.538(2025年12月号)

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