「地球号の危機ニュースレター」532号(2024年10月号)を発行しました。

フランス:「手書きの字」をめぐる考察

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photo@鈴木なお

ここは “フランス”インクルーシブ書法の問いも

 ところで、もしこのような調査が日本で行われたら、他に想定される問いは何だろう。「字の美しい異性に魅力を感じますか」とか、「好きな文具メーカーは」とか、「太字と細字とどちらが好きですか」などだろうか。

 しかし、ここはフランス。必ず社会的な問いが用意されている。今回の調査では、ここ数年フランス社会で熱い議論が飛び交わされている「インクルーシブ書法(écriture inclusive)」について、(手書き如何にかかわらず)賛成か否かを問いている。

 インクルーシブ書法とは、ジェンダーの平等性に配慮した書法のことで、男性名詞と女性名詞があるフランス語において、或るジェンダーと或る職業をくくりつけた表現や、男性名詞が人間全体を代表するような表現を避けるような仕組みである。

 一例を挙げると、「学生たち」はたいてい「étudiants」と男性の複数形でサラっと全体をくくるように表記されてきたが、実際には「étudiants(男子学生たち:tの後にeがつかない男性名詞、その後にsがついて複数名詞化)」だけではなく「étudiantes(女子学生たち:tの後にeがつく女性名詞、その後にsがついて複数名詞化) 」もいる。

 したがって、その点をはっきりさせた上で、男性も女性も、また単数も複数も、すべてを包括するかたちで、かつ、列記を避けるためにナカグロでまとめて「étudiant・e・s」と表記する、それがインクルーシブ書法だ。

文章の各所にナカグロが、、、、。

 確かにジェンダーに配慮している点は好ましいが、この書法を用いると、名詞に男性女性の別があるフランス語では文章の各所にナカグロが登場して、目がチカチカする結果になる。

 「煩瑣だ」、「読み難い」、「一々ここまでやるべきなのか?」などと批判や疑問が噴き出す一方で、「ジェンダーへの配慮は不可欠」という意見も根強いため、国中で侃侃諤諤となっているわけだ。新聞や書籍の表記ばかりではなく、学校で教える際にも大きく関係する事柄なので、議論は尽きない。

 今回のIFOPの調査は、まさにこのインクルーシブ書法に賛成かどうかを直球で尋ねている。結果は、たとえば「行政や公機関の文書ではナカグロを用いたインクルーシブ書法の使用が好ましいと思う」という回答は51%にのぼり、使用反対派を抑えた。

 特に女性は59%が賛成で(男性は42%)、長年の男性優位社会における女性の鬱積した気持ちや闘いが透けて見える。

 また、1834歳層の63%が「行政や公機関の文書ではインクルーシブ書法の使用が好ましい」と回答する一方で、65歳以上の層では36%のみが賛成と、世代間の意識の違いも目立った。

 さらに、「行政や公機関の文書ではインクルーシブ書法の使用が好ましい」と回答した人の割合を政治的傾向別に見ると、2022年の大統領選で左翼のメランション候補に投票した人の中では65%が賛成派なのに対して、舌鋒鋭い極右評論家のゼムール候補に投票した人ではわずか16%と、対照的だ。

 ただし、中道のマクロン候補に投票した人の45%が「インクルーシブ書法の使用が好ましい」とする脇で、極右のル・ペン候補に投票した人の51%が「好ましい」と答えていることから、政治的信条とインクルーシブ書法の支持・不支持の間の相関関係はそれほど単純ではないと言える。

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photo@鈴木なお

フランスの筆記用具は、、、、

 さて、最後に「手書き」という主題に立ち戻り、筆記用具について簡単に記したい。フランスで暮らしはじめてすぐに思ったことは、文房具の値段がすごく高いということと、日本ほど種類がないということだ。鉛筆は削りにくくてすぐに芯が折れるし、消しゴムはきれいに消えない。紙や絵の具の値段もぐっと高いので、子どもたちに「どんどんお絵描きしよう!」とは言えないし、セロテープやハサミも高いわりに使いづらく、「工作しよう!」という感じにもならない。

 日本の文房具は使い心地が良い、種類がとてつもなく豊富、安いの三点が揃っていて、本当に素晴らしいと思う。ただ、ここ数年、オランダ発の日用品の格安チェーン「HEMA」や「Action」がフランスで急発展し、少し様子が変わった。

 特に「Action」はついに今年、「フランス人の一番好きなチェーン店」の座に輝き、大人気だ。コンセプトとしては日本の百均やドン・キホーテに似ており、雑貨や菓子などが非常に安く売られているが、店舗がガランとして徹底的に質素なところがオランダ風だろうか。落書き帳も筆記用具もうんと安く、パーティー用の飾り付けも手ごろ価格で、大人も子どもも嬉々として店内をまわっている。この店で買ったかわいい紙で手紙を書いたり、大きな画用紙で絵本を自作する人が増えれば、数年後の「手書き」調査に何らかの影響が出るのだろうか。「Action」で買い物をするたびに、日本ほどのスピードではないけれど、フランスも変わっていっているんだなと思う。

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photo@鈴木なお

鈴木 なお

フランス在住

『地球号の危機ニュースレター』
No.517(2023年7月号)

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