マツノギョウレツケムシの問題点
なお本稿では、樫の木の方ではなく、松の木につくマツノギョウレツケムシについて取り上げている。というのも、私は今まで松の木につくギョウレツケムシしか見たことがないからだ。さて、マツノギョウレツケムシ繁殖の何が問題かというと、
1)一匹の雌蛾が生む卵の数は約200個で、いくつか巣があれば大人の松の木一本を一か月で丸裸にしてしまうほど毛虫たちの食欲は旺盛であり、自然破壊の規模が大きいこと
2)毛虫たちは何らかの危険を察知すると非常に小さい毒の毛を飛ばし(一匹の持つ毛の数は最大100万本)、人体に触れると痛痒い発疹やアナフィラキシーショックを起こすうえ、犬や猫については死に至らしめる可能性があること
3)地球温暖化に伴って、居住エリアを北部にも広げ(雌蛾は産卵のため10kmほど飛行することが可能)、同時に毛虫の活動時期が延びて松の葉を食べる量が増え、被害が年々拡大していること
そして次はフランスならではの事情だが
4)都市部に黒松の植林を行ってきた結果、それが繁殖範囲の拡大にうまいこと使われてしまっていること
などの理由からである。
もともとマツノギョウレツケムシはヨーロッパの地中海地方に生息していたが、1960年代にフランス本土で姿が見られるようになった。当初はもっとゆっくりと北上することが予想されていたが、2010年代早々に首都圏やそれ以北にも広がり、現在では、未進出の土地は北部と東部の僅か数県のみとなっている。私が初めて巣を見たのは、二十年ほど前、南仏の丘の上の松の木だった。その時は大型の蜘蛛の巣かとも思ったが、嫌な予感がしたのを覚えている。日当たりが良い枝を好むと言われるだけあって、確かに一日中さんさんと日が注ぐ場所だった。
次に見かけたのは、首都圏の南方、フォンテーヌブローの森の中だった。森の乾いた地面に毛虫たちが繋がって大きな輪を描き、グルグルと回っており、おかしな虫だなと思った。最近では、高速道路沿いの人の手があまり入らないだろう松の木に、幾つもの巣ができているのを見かけた。数十メートルにわたって、白い巣だらけの松の木が連なっているところもあった。繁殖防止の対策としては、木の幹に毛虫トラップをしかける、交尾前の雄蛾をおびき寄せるトラップをしかける、子育て中はつがいで一日500匹くらい捕まえてくれるシジュウカラ用の巣を松の木にかける、などがあるが、なにせ敵は数が多く、苦戦は必至だ。
植物分布にも変化が
さて、毛虫が苦手な人には背筋がゾクゾクする話題となってしまった。しかし、身の周りの自然を観察するに、温暖化とリンクして、近年、植物もまたずいぶんと分布図に変化が出ているように感じる。
一昨年の酷暑にいきなりブタナ(日本ではタンポポモドキと呼ばれている)が増えて、庭にはブタナしかなくなってしまい、去年の暖かな春にはいきなりタンポポが増えて隅々までタンポポだけが咲き誇るなど、どうも、その年の気候に応じて或る種の雑草が尋常ではない規模で急繁殖しているのだ。
タンポポなどは、品種自体がすり替わってしまったのだろうか、一つの株がつける花の数がやたらに増えた。芝刈り機で刈った後すぐに、地面ギリギリの低い位置に控えていた第二陣の蕾が開き、それを刈ると隠れていた第三陣の蕾が開き、きりがない。しかも花を刈っても、地面に落ちた花が種を飛ばすまでそのまま生きているという、とんでもない猛者だ。
こういう変化に驚き悩んでいる人が他にいないか知りたいとインターネットで調べていたが、逆に「タンポポは蜜蜂に必要なので刈らずに咲かせておこう」という運動をしている人たちがいるのを知った。
すべての雑草を憎んでいるお隣のフランス人が聞いたら卒倒しそうな話題だ。そういえば先ごろ、年金改革法案への抗議の一環で、パリ市の一部地域のゴミが集積されずに道路に山積みでドブネズミがチョロチョロしているというニュースが流れていたが、昔から度々不衛生だとやり玉にあがっているパリのドブネズミたちの退治について、動物愛護団体が反対していることも報道された。何がかわいそうで、何を守るべきで、何が正当なのか、どんどん判断基準も意見も多様化して、決めるのが難しい時代だ。マツノギョウレツケムシの駆除にも、そのうち反対の意見が出てくるのだろうか。
鈴木 なお
フランス在住
『地球号の危機ニュースレター』
No.515(2023年5月号)