鈴木 なお
フランスにとって6月9日から7月7日は動乱の一か月だった。6月9日の欧州議会選挙で極右政党RN(Rassemblement national=国民連合)が圧勝し、それを受けて同日夜にマクロン大統領が解散総選挙(フランスでは非常に稀!)の実施を決定したことに端を発する。
それが表題のオリンピックと関係あるのかと問われると、十分にあると答えざるを得ない。総選挙の日程はオリンピック直前の6月30日(第一回投票)と7月7日(決選投票)だ。「たとえどの政党が新政権を担おうと、オリンピック開催には一切影響がない」との国際オリンピック委員会(IOC)とパリ・オリンピック・パラリンピック組織委員会の叫び声も虚しく、メディアでは「極右が勝てば暴動でオリンピックどころではない」、「IOCはどうやら大会の延期や中止も検討中らしい」、「内務相が変わってテロ対策に隙が出る」など大騒ぎになったのだ。
まず6月9日の欧州議会選挙でフランスに衝撃が走った
欧州議会は欧州連合(EU)の立法機関で、5年に一回、EUの市民が直接選出する。議員定員は720人で、人口規模に応じて各加盟国に議員数が割り当てられる。選挙日や選挙権・被選挙権年齢など細部は加盟国により異なるが、それぞれの国の中で国政政党が争うため、国政への審判という面が強い。フランスでは6月9日に81人の議員が選出された。全国統一選挙区による比例代表制で、得票率5%を超えた政党リストが議席を獲得する。Touteleurope.euサイトによると、極右政党RNが30議席と他を大きく引き離して首位に立ち、マクロン派と社会党系左派グループが各々13議席、左翼政党LFI(La France insoumise=不服従のフランス)が9議席、保守野党の共和党が6議席、環境派と極右政党ルコンケットが各々5議席を獲得した。極右RNはこれまでの18議席から一挙に数を12増やし、一方のマクロン派はこれまでの23議席から一挙に数を10減らした。
今回はフランスだけではなく、ドイツやオランダなどでも極右の伸びが著しかった。RNの若き党首ジョルダン・バルデラ氏(28歳)と、大統領を目指すため党首の座は明け渡しつつも実際には党を率いているマリーヌ・ルペン氏(55歳)は満面の笑みだ。マクロン大統領は、極右の伸張を民意と捉えて国会に反映させるのが民主主義の在り方だと考えたのか、早めに一回RNに政権をとらせて国民を失望させた方が中・長期的に得策だと踏んだのか、バルデラRN党首の解散総選挙要求に応えなければ自尊心が傷つけられると思ったのか…、選挙当夜の解散総選挙の決定に国中が騒然となった。今選挙をしたら極右に負けるリスクが大きいために「何故?!」という問いが駆け巡った。大統領はごく一部の人間にしか相談せず、政権内のキーパーソンであるアタル首相もル・メール経済相も寝耳に水だったとされ、政治の中枢も上を下への大騒ぎとなった。
次いで解散総選挙の第一回投票でも極右が首位に
577議席を争う国民議会(下院)総選挙が始まった。第一回投票の6月30日の結果は、事前の世論調査の結果とぴったり合って極右政党RNが勝利し、内務省の発表によればRN単独で29.26%の票を集めて決選前から早々に37議席を獲得した。続くは左派連合で28.06%を集めて32議席を獲得、次にマクロン大統領の与党連合が20.04%を集めて2議席を獲得した。いよいよフランスも極右政権誕生かと、誰しもが思った。マクロン大統領は危険な賭けに出て失敗したと、多くが拳を振り上げて激論した。極右政党RNのバルデラ党首は財界説得に努め、自分が首相になる条件を明らかにし、参謀らとともに首相官邸への道を整備し始めた。
しかし、マクロン陣営の切り返しは素早かった。極右RNが第一回投票でトップに立った選挙区を中心に、マクロン派と左派連合で票が割れてこのままでは勝てない場所では、票が少なかった方が候補を取り下げて決選でもう一方を勝たせるという、協力体制を取り付けたのだ。たとえば第一回投票で極右候補が3割、左派候補が2割、マクロン派候補が1.5割とった選挙区では、マクロン派候補が身を引くことで論理的には左派が3.5割をとって極右が3割となり、極右議員の選出を抑えることができるという算段だ。政治信条がまったく違うのだから急な団結など無理だという声も大きかったが、この「敵の敵は味方」作戦は大成功し、7月7日の決選投票で極右RNは大きく力を削がれた。第一回投票直後は単独で過半数(289議席)を取るのではないかとすら言われていたが、国営ニュース専門局によれば最終的には単独では126議席、RNとの選挙協力を決めた政党リストを入れても143議席しかとれず、第三勢力止まりだった。テレビには落胆するRN支持者の顔が大写しになり、「(敵の敵は味方作戦で)人為的に議席が盗まれた」と不満の声が漏れた。
決選投票で勝ったのは左派連合
周囲の驚きをよそに首位に立ったのは左派連合で180議席を獲得。次いで2位につけたのはマクロン派の与党連合で163議席だった。ただし、決選投票で共闘した左派連合とマクロン派が過半数勢力を形作って政権を運営する…というアイデアは絵にかいた餅だったようで、選挙結果が出るや否やさっそく不協和音が生じた。まあ、そうだろうなと、国民は誰一人驚かなかったが。
7月半ば現在、最大勢力となった左派連合が、「自分たちの中で誰を首相として推すか」で騒がしくなっている。連合したのはいいが、左翼政党LFI、社会党、共産党、環境政党など、実は政策的にかなり異なる政党同士が選挙で勝つためにだけ「結婚」したのだから、意見がすぐに合わないのは当然ともいえる。日本ではあまり報じられないようだが、左翼政党LFIのリーダーであるメランション氏はハマスをテロ集団と認めず擁護する言動をとって、テロ問題や反ユダヤ主義に敏感なフランスでは物議を醸しており、連合内部でもメランション氏を首相に推したくない向きが多い。また左派連合が公約として掲げた一連の政策が、経済を停滞させるうえに国にとって巨額の赤字を生むとして、経済界を中心に首相を左派から出したくないムードが流れている。マクロン派は不人気だし、極右政党RNの公約も批判されており、テレビをつけるたびに議論という名の罵声が聞こえてくる。
フランスの民意とオリンピックの行方
選挙は民意の表れとは言っても、その民意が結局のところ左派、マクロン派、極右の間で見事に三つに分かれてカオスとなっている。まとめれば、国民の過半数が「マクロン大統領のようなエリートが支配する今の政治には不満」であり、「極右政権誕生に対しては拒否の姿勢」ということだ。しかし、大都市郊外に住む移民系の住民たちは「あいつらフランス人は」と自分たちをフランス人としてカウントしない。若者の間では、教養をふんだんに盛り込んだマクロン大統領の演説ではなく、極右RNのバルデラ党首がホットドッグにマヨネーズをかけて食べていたり、ソファでくつろいでスマホをいじっていたりするTikTokの短い動画が爆発的な人気だ。農業や漁業に勤しむ地方の人々は「あいつらパリジャンは」と中央政権を冷ややかに見る。選挙を行うごとに国民の分断が顕著になるばかりで、その隙間に極右政党はじんわりと浸透している。
さて、何だかんだで革命記念日の軍事パレードも花火大会も滞りなく済んだ。大臣任命権は大統領にあり、政治的に激しい綱引きが続いているが、オリンピックと、フランス人にとって「聖域」である夏季休暇のシーズンとが終わるまでは、とりあえず大きな変化がないことを社会は祈っている。確かに、たとえお互いに言い難い不満や疑念を抱えつつも、マクロン大統領、アタル首相、ダルマナン内相、ウデア=カステラ・スポーツ相がそのまま揃って7月26日の開会式に臨めば、オリンピック界は大会組織に、大衆はセーヌ川上の選手団パレードに、治安部隊はテロ対策に集中できるというものだ。
鈴木 なお
フランス在住
『地球号の危機ニュースレター』
No.530(2024年8月号)