「地球号の危機ニュースレター」540号(2026年2月号)を発行しました。

〈アフリカの旅10〉10万年前に別れたいとこ

ナミビアのサン族の人たち

ナミビアのサン族の人たち © 岡部一明

どんなサピエンスがアフリカを出たのか

 現生人類(ホモサピエンス)は約6万年前にアフリカを出てユーラシア大陸に拡散した、と言われる。その時の人類はコイサン的な人類だったのではないか。いや、現生人類の出アフリカは1回だけではなかった、という証拠も様々に出ている。2002年にイスラエルの洞穴で発見された人骨が、19万4000年前~17万7000年前の現生人類のものであることが示された2017年には、アフリカではあるが、ヨーロッパに近いモロッコで発見された化石が約31万5000年前のホモサピエンスのものである可能性が示された。201510月のネイチャー誌には、中国南部の洞窟から出土した歯化石が10万年前のホモ・サピエンスのものであるとする研究が掲載されている。一般に言われている「出アフリカ」の時期のさらに4万年も前に現生人類が東アジアに到達していたことになる。

 6万年前以前にもアフリカを出たかも知れないが、みんな滅んじゃったんだよ、と強弁されている。しかし、これだけ証拠が出てくると、6万年以前にも、あるいはそれ以後にも、多数回にわたる出アフリカの流れがあったと考えるのが普通ではないのか。サピエンスが「アフリカ単一起源」か「多地域進化」か議論についても、真相はおそらくその中間で、各地で別々に進化していた古人類と、新たにアフリカから来たサピエンス的な人類との「混血・同化」があったと見るのが自然だろう。ネアンデルタール人との混血はすでに証明されたし、ホモエレクトスその他古人類との混血が証明されるのも時間の問題のように思われる。

 6万年前の単一「出アフリカ」説を採るにしても、詳細に見ればその中に複数回の多様な流出があったはずだ。シナイ半島部を経てシリア方面に向かう陸路ルートや、より南のマンデブ海峡やアフリカの角付近からアラビア半島に向かう海渡ルートがあった。その多様な波状脱出の少なくとも一部に、コイサン系統のユーラシア移動もあっただろう。コイサン祖先は当時アフリカで最多の主流系統であったならむしろそれが普通だ。

 そしてユーラシアに入った現生人類は、インド洋、東南アジアなど南海の海沿いに東進した「南ルート」と、インド手前で大陸内部に入り、中央アジアから北アジア、東アジア方面に抜けた「北ルート」の移動経路に別れた(他に西に進んだヨーロッパ先住民たちのルートもあった)。前者はインド、東南アジアの先住民や、オーストラリアのアボリジニーに至る人々の先祖となった。そして後者の「北ルート」を取ったのがモンゴロイドの祖先たちだったと言われる。寒冷気候に適応して、扁平な顔、細い目、蒙古ひだ、短い四肢などの身体的特徴も進化させた。

 こうして、現生人類はユーラシアに入って以後、各地で現在知られる「人種」を形成したと一般には言われる。シベリア付近の寒冷気候の中でモンゴロイドが、紫外線の薄いヨーロッパでコーカソイドが形成された、と。そういう側面はあるだろう。しかし、出アフリカの時点である程度、今日見るような人種的特徴があったと考えるのも不可能ではない。陸続とユーラシアに出て行った人々の波の中に、コイサン的な、原モンゴロイド的な一派が含まれていた(コーカソイド的な人々も居ただろう)。そうした人々がユーラシア東部の北の方で、増々現在のモンゴロイド的形質を発達させていった、と見る。

新しい発見に期待

 現在の遺伝子解析による「古代DNA革命」は定説、常識を覆す様々な新知見をもたらしている。180万年前にすでにユーラシアに渡っていた原人(ホモ・エレクトス)からモンゴロイドやコーカソイドが進化してきたのだというサピエンス多地域進化説も根強い。そこまで極端でなくとも、東アジアに進出していったサピエンスがホモ・エレクトスとの交雑でモンゴロイド的になっていった、というシナリオもあり得るだろう。あるいはライクが出した仮説のように、エレクトスの時代からユーラシアが人類進化の主舞台となり、そこで生まれた比較的新しい旧人が逆にアフリカに出ていって、そこでサピエンスの先祖になった、というようなシナリオもあり得る。その場合、そのかなり古いサピエンス先祖がコイサンにつながる人だったかも知れない。何でもありだ。DNA人類学があらゆる驚くべきシナリオを暴いてくれるだろう。

系統樹モデルでは示しきれない

 すでに人類進化は、原始的なヒトから高度なヒトに単線的に進むプロセスでなく、あるいは系統樹のようにもともとの幹から多様な小枝が発達するだけのでもないと主張されるようになった。多様に進化して先が途切れるのもあれば、存続してサピエンスに至る枝もある、というのでなく、異なる亜種間にかなりの交雑があってそこから新たな進化が生まれる、など複雑な様相を呈した。枝と枝が融合して再び大きな幹が形成されるなどということは通常の木では起こらない。

 一方で多様な枝に進化し、他方で多様な枝間で遺伝子交換が起こり、そこからさらに新たな人類の進化がはじまる、という形で、人類史はDNA解析という強力な手段をもってしても解明に困難を極める複雑な様相を呈してきた。

 「古代DNA革命」大いに結構。何でも来い。驚くべき仮説が出てくるのは大いに歓迎だ。アフロユーラシア大陸の両端にどうも似たような人々が居るようだ、というできれば無視したい不可解な事象の背後に、実は人類史定説をくつがえす驚くべき新理論が潜んでいるのかも知れない。

 

 

岡部一明

『地球号の危機ニュースレター』
No.540(2026年2月号)

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