開会式の観客数は
ただし、世論調査を信じる限りでは、国民の不安要因の筆頭はテロではなく交通だ。一大観光地となった京都の通勤通学難と同様に、パリジャンたちも自分たちの日々の移動が複雑化することを懸念している。
昨秋の世論調査で、首都圏在住者の81%が交通問題に不安、73%が安全問題に不安と回答した。オリンピックの主要舞台となる首都圏では当然、他の地方の住民に比べて交通やテロへの懸念が強い。
パリにオリンピックを迎えられて良かったとする人がフランス全体で65%であったのに対して首都圏在住者では56%で、しかもこの56%という数値は2年前に比べて21ポイントも下がった。
各種メディアが、オリンピックの観客たちが地下鉄やバスを使えば普段の利用者たちのなかには乗れない人が続出だろうなどと報道したり、交通担当大臣がオリンピック期間中のテレワークや休暇を勧めたこともあって、汗だくの通勤通学を想像して今から尻込みしているパリジャンも多い。
そもそも現在でも首都圏の交通事情は良くない。窒息しそうなほどの混雑、空調の悪い車内、頻繁な遅延、(私たち利用者側からみると完全なる)間引き運転。さらには、暗く薄汚れた駅構内、すりの多さ、マスクなしで咳き込む乗客、アナウンスのない途中停車など、メンタルが強くないとやっていられない状況だ。
パリの面積は、広大なヴァンセンヌの森とブーローニュの森を含めても東京23区の面積の6分の1だ。そこで開会式やさまざまな競技が行われ、世界各地から観戦客・観光客が押し寄せるわけで、住民が普段通りに生活できることはまず無いだろう。セキュリティ対策として会場周辺に車両通行禁止エリアができ、住民が通行するにもQRコード提示が求められるなど、いろいろと不便になるのは確かだ。
監視体制、急病人対応、交通費にも変化が
一方で、オリンピック期間中にAIがアルゴリズム解析を行う監視カメラを試験導入することが決まり、準備が進められている。映画に出てくるような顔認識システムによる監視ではなく、車の逆走、立入り禁止区域への侵入、武器の所持や使用、出火、群衆の動き、人の転倒や昏倒、度を過ぎて密な人出、不審物という8つのケースに限って解析が行われる。
個人の自由と私生活の保護に力を入れているフランスだけあって、オリンピック中の試験導入では済まずに、これを契機に顔認識による完全監視社会への移行に繋がりかねないと、強い反対の声があがっている。しかし一方では、顔認識だろうが何だろうが日々の生活の安全が確保できる方が良いと思っている人たちもいる。テロや犯罪多発に疲れているのだろう、少しずつフランス社会も変わりつつあると感じる。
オリンピックを機に変わる日常シーンとは?
もう一つ、オリンピックを機に変わる日常シーンがある。それは地下鉄などで急病人が出た場合だ。今までは車内で急病人が出た際、横向きの体位で寝かせ、救急隊員がやってくるまで安静に保つことが心がけられてきた。
しかしこの方法だと、救急隊到着まで電車は乗客を乗せて延々と停止したままだ。その電車のみならず、後続の電車もすべて遅れる。電車は駅に停まっているとは限らず、駅と駅の間やトンネル内で立ち往生の場合もある。
朝のラッシュアワー時に急病人が出た場合には恐ろしい数の人間が出勤に遅れる、契約を逃す、収入が減る、試験が受けられない等々の事態に陥る。
車内のあちこちで、携帯電話で事情を説明し、嘆願する声、憤る声が聞こえる。また、混雑した車内で長いこと運転再開を待つ間に、息苦しさから新たな急病人が出ることもしばしばだ。首都圏に住んでいる人間ならば、悲しいことに頻繁に遭遇するシーンだ。
それがオリンピックを機に、車両から急病人を降ろし、ホームで救急対応する形になるらしい。これから対応の細部を詰め、運転士や駅員の研修を進めなければならないが、あの停まった車内で一斉に乗客が携帯電話をかけはじめる光景はなくなるようだ。
このほか、オリンピック期間に限って大きく変わるのが首都圏の交通運賃だ。オリンピックを含む7月20日から9月8日までの期間中、地下鉄乗車券は4ユーロ(現在2.15ユーロ)へ、10枚綴りの回数券は32ユーロ(現在17.35ユーロ)へと、ほぼ2倍に値上げされる。
首都圏在住者には7月20日より前に乗車券を買っておくことが強く推奨されているが、ただでさえインフレで打撃を受けているのに、一時的とはいえ大幅な値上げに住民たちはざわついている。
ルーブル美術館の入館料も今年1月15日付で17ユーロから22ユーロへと値上がりした。あのコレクション、あの大きさの美術館の管理・運営費を考えると妥当なのだろうが、この大きな値上げもやはり、オリンピックを機に外国人観光客が大挙してくることを念頭においての決定ではないだろうか。