「ロードマスター」たち
1泊して翌5月23日、いよいよ運命の「ヒッチハイキング」にトライ。まず、幹線道路(B8号線)からツムクェ方面への道(C44号線)が分岐する地点までのヒッチを目指し、街はずれのガソリンスタンドまで行くと…
ガソリンスタンドには5,6人の男たちが待ち構えていた。バックパック姿の私が入っていくと、「どこに行く?」とその一人が声をかけてくる。
「ツムクェまでだが。」「ようし、待ってろ、俺が見つけてやる。」
なるほどガソリンスタンドのはずれに「待合場所」みたいなところまであり、そこに何人かの「ヒッチハイク待機者」が休んでいる。なるようになるだろ。そこに腰かける。
午前9時ごろガソリンスタンドに着いて、ツムクェ行きの車に乗ったのは11時ごろだった。約2時間、その場所で、男たちの「ヒッチハイキング」手配の様子をながめていた。なるほどこうなっているのか…。2時間も居れば、だいたいの仕組みがわかってくる。先を急ぐ旅ではない。とにかくツムクェに行ければ御の字。悠々と構え、事の成り行きを見学させて頂いた。
これら男たちは、からかい気味であろうが、「ロードマスター」(Road Master、道の支配人)と呼ばれている。定期運行の公共交通機関がない遠隔地域では、街はずれのガソリンスタンドなどが「有料ヒッチハイク」の手配場所になり、そこでロードマスターたちが手練を発揮し、適当な車を見つけてやる。乗客も助かるし、思わぬ副収入が舞い込むドライバーにとっても悪くはない。有料ヒッチハイクの相場は10キロあたり10Nドル。ロードマスターたちはそのうち25%程度をドライバーから受け取っているという。
うまいシステムだ。最近は、オンラインでライドシェアを組織するサービスも出てきているが、こちらは昔からの人出を煩わしてのライドシェア手配だ。オンライン上で特定方向に行きたい人を募集して日時設定して組織して、などとやるのはまだるっこしいし、予定を組んでも本当に車が来るか、人が来るか危い。車も客もそこに実存する現場でババッと組んでしまった方が、なるほどずっと確実で効率的だ。
そして恐らく無視できないのがセキュリティー効果だ。ヒッチハイクは見ず知らずの人が見ず知らずのドライバーの車に乗る行為だ。それなりのリスクが伴う。しかし、こうやって人の手を経て手配されれば、ある程度公に知られた旅の行為となり、完全とは言えなくとも、リスクが軽減される。
男たちは、毎日ここに出てきているらしく、何時にどこ行きのトラックが通るなどもよく把握している。「おいおい、あのトラックが来たぞ、停めろ」などと言い合って、トラックの運転手に大声をかける。運転手は一旦は通り過ぎるが、Uターンできるところで帰ってきて、客のおすそ分けにあずかる。
過疎でガソリンスタンドがあまりないナミビアでは、街はずれのガソリンスタンドで給油することが多い。車が入ってくると、ロードマスターたちは争って運転手のところに駆け寄り、どこに向かうのか聞きだす。そして交渉が始まる。
「仲間の間で競争はないのか」とロードマスターの一人に聞いた。「そりゃああるけどね」という返事だったが、見ている限りは、適度に譲り合い仲良くやっているようだ。入ってきた車に最初に気付いた者、ガソリンスタンドでぶらぶらしている「客」に最初に声をかけた者に先を譲る、という暗黙の了解ができているようだ。
ロードマスターに頼らず、自分で客を探そうとガソリンスタンドに自分の車を乗り付けるドライバーもいる。ロードマスターたちとの間に微妙な距離感を取り、自分の客を探す。軽い口論が起こることもある。「ああいう連中をロードマスターと言うのさ」と、そういうドライバーの一人が教えてくれた。「偉そうに道路を取り仕切る支配者」というニュアンスもありそうだ。
このとき会った5,6人のロードマスターのうちの一人に、後にツムクェで会った。36才だと言ったが、家族連れで旅行をしていた。この「仕事」で世帯を支えている人も居るということだろう。
なるほどこれは面白い。来る車すべてに私が当たり、ツムクェに行くか聞かなくてもよい。これなら途中の分岐地点までまず行ってから、などと段階を踏まなくても、ここでツムクェ直行便が見つかるかも知れない。実に効率的だ。地方の交通や地域社会の動きを知る意味からも、興味深い社会勉強だ。などと思いながら、時たま居眠りして2時間がたつ頃…