どんぶらこ取材こぼれ話 第79回 中身なしの十数年、驚くべき回答 〜上関原発・海上ボーリング調査の真の狙いは?〜

祝島から上関の原発さらに核ゴミ中間貯蔵施設の予定地をのぞむ ©山秋真

祝島から上関の原発さらに核ゴミ中間貯蔵施設の予定地をのぞむ ©山秋真

山秋 真

 「上関原発を建てさせない祝島島民の会」(以下、島民の会)が中国電力(以下、中国電)から訴えられている裁判は、5月29日に山口地裁岩国支部で13回目の口頭弁論が開かれました。

 その直後に別の会場で開かれた報告集会は、島民の会の弁護団の中村覚弁護士が「今日はかなり進展があった」として重要な4点について解説するなど、充実していた様子です(「祝島島民の会の裁判を支援する会」のSNSで録画映像を視聴できます)。そのうち2点について、ここでお伝えしましょう。

 まず、島民の会が要請し、裁判所が前回の口頭弁論で採用した、原子力規制委員会に対する調査嘱託に関する回答についてです。

 この調査嘱託をした理由は「どんぶらこ取材こぼれ話」第79回でお伝えしていますが、さらに今回かみ砕いた説明がありました。やや長いので少し整理を試みつつ、以下にご紹介します。

「島民の会の弁護団は、この裁判での中国電の請求−−−海上ボーリング調査をするために妨害予防を請求する−−−について、『そんなことはできませんよ』と法理的な理屈で反論している。その大きな一つの柱として<権利の濫用>というのがある。

 <権利の濫用>とは、ある権利が形式的にはあるけれど、本件で具体的にそれを行使することは<濫用>に当たり許されない、ということ。確かに中国電は、山口県から公有水面埋立の免許をもらっている。さらに、免許の期限がきた後も延長許可を得て、期限が延長されている。だから、その免許がいまも有効に存在すること自体は島民の会側も争わない。だが、その免許が形式的に存在するからといって、海上ボーリング調査をするとか、それに邪魔な船舶は周辺海域に入ってくることを禁止するとか、ということになれば、それは<権利の濫用>だ−−−というのが島民の会の主張だ。

 理由は、公有水面埋立権というのは、海を埋め立てることのできる権利、埋め立て工事をする権利だが、いま(上関原発の建設予定地である)田ノ浦では実際まったく埋め立て工事はなされず、進んでいない。山口県知事が、埋立免許を出すと同時に『埋め立てた敷地の上に立つ発電所(=原発)の着工の時期の見通しがつくまでは、埋め立て工事も施工しないように』と要請しており、これを重く受けとめると中電もホームページに書いていて、従って工事をしていないから。そういう状況が十何年も続いている。

 すぐに工事もできない、いつ再開できるか見通しもまったく立たない埋立免許に基づいて、海上ボーリングをする、あるいは妨害予防請求をする、となれば、それは<権利の濫用>である−−−。島民の会はそう主張しているのだ。

 なぜ、その状況が続いているか。根本的な原因は、原子力規制委員会で上関原発の設置許可申請が進んでいないから。『いったいどうなっているんだ』と、この裁判で島民の会は中国電に何回か求釈明している。求釈明とは、裁判所から当事者に対して、この点を明らかにしてくださいというお願いをするもの。ところが中国電の応答は『いま審査中』と埒が明かない。ならば、当事者である原子力規制委員会に直に聞くほかないと、裁判所は今回の調査嘱託に至った」

 この調査嘱託に関して原子力規制委員会から届いた回答は「驚くべき」ものだったそうです。

 端的にいうなら「検討する対象となるものがない、だから審査会合も開いていない」という内容だとか。では検討する対象となるものは何か、といえば「補正書」。

 2011年3月に、福島県にある東京電力の原発で大事故が起きて以降、原子力規制委員会という組織が立ちあがり、(既存の)原発を再稼働するための新しい基準、いわゆる「新規制基準」ができました。それに基づいて、全国の原発の審査が行われています。すでに設置許可はもらっているけれど、新たに施行された新規制基準に適合すべく設置許可の変更申請を出して、許可をもらう手続きをしているのです。

 ただ、そもそも上関原発はまだ設置許可が出ていません。そのため中国電は「申請した内容そのものを変更する補正書を出す必要がある」のに、「それを出していない」ことが判明したのです。

 これは「法律家、弁護士にとって考えられないこと」と中村弁護士は語気を強め、次のように話しました。

「例えば訴状に不備な点があれば、これは補正してくださいと、裁判所から補正命令がきます。放っておいたら訴状却下になる。

 ところが上関原発の原子炉設置許可申請については、十数年も補正しないままずっと棚ざらしにして、別に却下もしない。もちろん当事者である中国電は(申請を)取り下げもしない。そして原子力規制委員会のホームページには、審査中であるかのようなことを堂々と載せている。

 だから中国電も、原子力規制委員会のホームページにこういうふうに載っているから『審査中』だと、あたかも手続きが水面下でいろいろ進行しているかのようなことを言っている、けれど実際には中身が何もない。

 上関原発をやる気がないなら、早く(申請を)取り下げていただければいいのに取り下げない、にも関わらず補正もしない。中国電の態度は悪質で、非常に憤りを感じております」

 このように事業者である中国電が何もしない帰結として、原子力規制委員会も何もできない−−−。その状態が「十数年も続いてきたということが、この調査嘱託の回答で明らかになった」と述べると、「(中国電による)<権利の濫用>が強く裏づけられる大きな証拠になるだろう」と中村弁護士は言葉を結びました。

 また、「その状態で中国電が、海上ボーリング調査をさせてくれ、邪魔な船舶の進入を禁止してくれ、というのはおかしい」とも言及。「このボーリング調査をしたい本当の目的は、上関原発でなく、中間貯蔵施設なのではないか。中間貯蔵施設をつくるためには、活断層についても調査せざるを得ない。山側のほうでは調査が終わったと聞くが、海のほうと両方やらなければ活断層についての調査にならない。だからこそ海上ボーリング調査を実施したい、つまり真の目的は核のゴミの中間貯蔵施設にある。その疑いが濃厚だ」と、あらためて指摘しています。

 なお中村弁護士は今回、「上関原発については新規制基準の施行前にすでに申請されているので新規制基準を踏まえた審査が可能である」という回答を原子力規制委員会から得たとして、この点に関する疑問は、この調査嘱託によって晴れたと見なしていました。

 これについて、これまで経産省へ出向いて交渉をしてきた現職・元職の山口県議会議員らから、「私たちが経産省へ行って訊いた時は『上関原発は新設』と明言のうえ『新設についての規制基準は検討すらしていない』とハッキリ言っていた」(中嶋光雄・県議)、「(経産省で)直に聞いた話と変わってきている。今度の新しいエネルギー基本計画の中で上関原発は「新設」でなく「その他」に区分された。国の姿勢が変わり、原子力をもう一度どんどん進める方向へ舵をきっている」(戸倉多香子・元県議)と発言が相次ぎました。

 もうひとつお伝えしたいこの日の重要な点は、原告である中国電に対して裁判所からおこなわれた求釈明です。その中身は、主に海上ボーリング調査について

  • そもそもどういう方法でやり、どういう資料を集めるのか。
  • どの場所でやるのか。
  • なぜ必要なのか ー 特に上関原発を建てるうえで。
  • 埋め立て工事の前にやらなければならない理由は何か。

 この裁判の審理をするにあたり、こうした点が非常に重要だから明らかにするよう、裁判所はあらためて中国電に求めたということです。いずれも基本的かつ肝要な問いですから、回答に注目したいところでしょう。

 ところで先述した元県議の戸倉さんは5月23日、山口県庁の記者クラブで会見を開き、この夏の参議院選挙に無所属で立候補する決意を正式に表明しました。「完全無所属で、いわば県民党という立場」で選挙に臨むそう。

 その理由として、これまで伝えられている立候補予定者には上関原発そして中間貯蔵施設の問題に明確に反対する人がいないこと、むしろ推進する立場に偏っていることを挙げ、「上関原発そして中間貯蔵施設の問題に反対する皆さまの受け皿として頑張りたい」と意気込みを語っていました。

 会見には、立憲民主党山口県連の代表を務める平岡秀夫・衆議院議員が同席。同党の「公認候補もしくは推薦候補として戸倉さんに立候補してもらいたいと行動したものの、それが叶わない状態の中で戸倉さんに無所属での立候補を決意していただいた。…戸倉さんの選挙においては、個人的にではあるが全面的に支援をしていきたい。上関の原発や中間貯蔵施設の問題、安全保障としての岩国基地の問題あるいはイージスアショアの問題については、他の野党候補では批判の受け皿にならない。やはり戸倉さんには頑張ってほしいと私も応援することとしている」と補足しています。

 具体的にどのように支援するかについては、「2年前の私の山口第2区の衆議院議員補欠選挙も、時間がないなかで無所属での立候補となった。その時のことを思い起こしながらやっていく。立民党の山口県連では自主投票となったが、政治家あるいはOBの方で戸倉さんを応援したいという方はどんどん応援してもらいたい。市民の方も、戸倉さんを応援したいという方はすべて受けいれていきたい。私自身が戸倉さんの選挙における選対本部長を務めて支えていく」と話しました。

 その後6月初旬までに、共産党と社民党そして市民連合が、戸倉さんへの支援を表明。国策の争点を押しつけられている山口県で、人びとは危機をバネに手をつなぎ、荒波を越えていこうと模索しているように見えます。目が離せない夏となることでしょう。

 

山秋 真

『地球号の危機ニュースレター』
No.538(2025年12月号)

 

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