「地球号の危機ニュースレター」538号(2025年12月号)を発行しました。

フランス:現金は何処に

© 鈴木なお

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鈴木 なお

 大都市でも田舎の小さな村でも、ふと気が付くと周囲に現金で買い物をしている人があまりいなくなった。現金王国だった青空市場ですら様変わりだ。観察するに、スマホのタッチ決済はまだあまり普及していないが、クレジットカードのタッチ決済はすごい勢いで生活に入り込み、「現金は何処に?」と問いたくなる。

 2024年にフランスの商店での買い物は、48%が銀行カード、43%が現金による決済だったとされ、いまや現金はすっかりカードに押されている。だが筆者は最近、世の中に逆行して現金で支払っている。おじいちゃんおばあちゃんはじめ、大人たちから昔もらったお小遣いをどうしたら良いかわからないと子どもたちが言うので、それを引き取り、その分の額を彼らの銀行口座に振り込んだためだ。子どもら自身が自分たちの口座にその現金を預け入れるのが筋ではないかとも思ったのだが、「何か疑われそうで嫌」と言うので仕方ない。

 思えば、最近ほとんど現金を手にしていなかった。大きいスーパーに買い物に行くとショッピングカートを使うのに1ユーロ硬貨が必要なことがあるので、1ユーロ硬貨はひとつふたつ財布に入っていた。何かのときのために20ユーロ札も1枚持っていた。そんな日々は過去のものだ。いまやジャラジャラと財布が重い。ただし、現金生活に入ったとはいえ、50ユーロより上の札だと、まったく違う模様の偽札を出されても気付かない自信がある。お札が何色かすら、うろ覚えだ。100ユーロ札は一度だけ手にしたことがあるけれど、200ユーロ札も500ユーロ札も一回も触ったことがない。そんな高額の紙幣を使って買い物をしている人も見たことがない。

ATMが減っているフランス

 現金が生活から消えつつあるという印象は間違ってはいないのかもしれない。実際、フランスのATM(現金自動預払機)の台数はここ数年どんどん減っており、2024年にも一年間で1500台減少して42578台になった。これは今年7月末にフランス中央銀行が公表したフランス本土に関する数値で、2018年末(52697台)と比べると20%近く減ったことになる。ただし、ATMの減少は都市部で見られ、地方の町村では変化がないとされる。フランスのATMは、ほぼすべてが銀行ATMだが、ブリンクスなど現金輸送会社が運営する独立系のATM1000台弱あり、こちらは2019年に登場して以来年々増え続けている。

 ATMは一台購入するのに5-8万ユーロ(860-1380万円)、メンテナンスに一台あたり年間2-3万ユーロ(340-520万円)かかり、十分な数の利用者がいない台は維持するだけ負担が膨らむとあって、淘汰されているのだろう。全体としては、国民の98.8%が車で15分以内、79.1%は5分以内にATMを見つけられる状況にある。また、自分の住んでいる町に一つもATMがない人たちが、一番近くのATMまで行くのにかかる時間は平均9.2分だという。けっこう便利ではないかと思うのだが、どうだろう。

 しかも、現金をおろせるのはATMばかりではない。筆者は使ったことがないが、小さいスーパーやパン屋など、商店が現金を用意してくれるサービスもある。店の外に「ここで××銀行のカードで100ユーロまでおろせます」などの看板や表示があるので、すぐわかる。客は銀行カードで店に対して支払いをし、店はその額の現金を客に手渡しする。シンプルな仕組みだ。2024年末には全国で28479店がこのサービスを提供していて、地方の町村などで重宝されていると聞く。指定銀行のカードしか使えない、商店がその日に持ち合わせている額しかおろせない、等々制限もあるが、将来的にはどの銀行カードでも使えるようになるらしく、ATMの代替手段として有望な仕組みだと思う。

© 鈴木なお

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現金は、何処でどうして使われているのか

 さて、フランス人はATMなどで現金を引き出したあと、どこで、何に使っているのだろうか。

 筆頭に挙げられるのが、小さな店舗での支払いだ。青空市場にも、街中にも、銀行カード決済の設備がなく、現金しか受け付けない店が今でもある。仮に決済設備が備わっていたとしても、「銀行カード決済すると店側にその都度手数料支払いが発生するため、儲けが減って気の毒」と考えている人が多い。この点について、筆者も以前に数人の店主から「小さい額の商品をカードで支払われてしまうと、手数料の方が儲けより大きい時がある」などと言われたことがある。そうなんだ…と思い、長い間気を遣って現金で支払っていた。ただ最近、数店舗で「どんな額でも気にせずカードで支払って大丈夫ですよ」と言われ、手数料制度が大きく変わったのかと思っていた。そのあたりの事情はよく分からないが、店の役に立つかもしれないし、今後は進んで現金で払わせてもらおう。

 現金のその他の用途としては、スーパーでショッピングカートを使う時、公園のメリーゴーランドに乗る時、ガレージセールで買い物をする時といった声がよく聞かれる。硬貨はまた、レストランのチップにも、物乞いの人たちにあげるためにも、使われている。紙幣は、子どもや孫にお小遣いをあげる時や、お手伝い的なちょっとしたサービスに支払う時などにも使われている。

 このほか、銀行に自分の生活を知られたくないために現金で生活する、という人たちもいる。確かにカード決済だと後で何に使ったか一目でわかって便利だが、銀行にもこちらの使い道を逐一教えているということだ。こういう「監視」をフランス人はものすごく嫌う。また、現金の方がお金の使い過ぎに気を付けるので、わざわざ現金で生活しているという人たちもいる。

 ところで、「停電の際に現金がなくて買い物に困った」体験談がインターネット上によく載っており、これも手元に現金を幾らか用意しておく理由に繋がっていると思われる。今年4月末にスペインやポルトガルで大々的な停電が起きたのを覚えているだろうか。フランスの一部も被害に遭ったこの停電をきっかけに、現金を持ち合わせることにした人も少なくないようだ。

実際に現金で生活してみると

 再び現金で生活を始めてみたところ、青空市場、個人商店、スーパー、キオスク、カフェ、レストランなど、実店舗では今でも現金で支払えない店はない印象だ。少なくとも、断られたことはなく、嫌な顔もされない。ただ、現金をごそごそ出していると、少々不審な目を向けられることもある。それもあって、有無を言わずカード決済機を突き出してくる店では、カードで支払うことにしている。

 一方で、人々の手を渡り歩く紙幣・硬貨ほど汚れているものはないと言われる。象徴的な意味での汚れではなく、細菌などの汚れだ。それを意識してか、筆者の行きつけのパン屋は最近、店員がお金を触らないで済む現金支払機を設置した。パリ市内では以前から数軒で見たことがあったが、どうやら各地で普及しているようだ。品を選び、売り子から合計額を聞き、カウンターにある現金支払機にお金を投入する。おつりがあればジャラジャラと出てくる。日本ではよくあるシステムだろう。ただ、フランスの売り子はそんなに丁寧な対応ではないため、財布におつりをしまいながら、無造作に渡される商品も受け取らなければならず、ちょっと大変な時がある。

 このパン屋は現金決済に本腰を入れているのだろう。少なくとも、(フランスでは日常茶飯事の)売り子がおつりを派手に間違えることも無くなり、店の売上に貢献するに違いない。筆者は、おつりが少な過ぎた経験よりも、おつりが多過ぎた経験の方がはるかに多い。なかには渡した額より多く「おつり」をくれる売り子もいて、面食らう。

 この現金生活がいつまで続くかわからない。しかし、買い物のたび、店主とのコミュニケーションがカード決済の時よりどことなく濃厚な感じがして、硬貨と紙幣のやり取りという行為を通した「人間関係」について考えるきっかけになっている。

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鈴木 なお

フランス在住

『地球号の危機ニュースレター』
No.539(2026年1月号)

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