「地球号の危機ニュースレター」532号(2024年10月号)を発行しました。

フランス:北上する行列毛虫たち

北上する行列毛虫たち

@鈴木なお

日本人なら誰でも聞いたことのある『ファーブル昆虫記』の著者は、フランス南部の山村に生まれ育ったジャン・アンリ・ファーブル(1823-1915)だ。身近にいる昆虫の習性や動きをじっと観察し、物語のように楽しく伝えた観察記 -

このような本があるくらいだから、フランス人というのは昆虫好きで、夏休みには子どもらがみな虫捕りをしているのだろうと思ったが、実際はかなり違った。三十年余りこの国に住んでいるが、いまだにどうも、ここがファーブルの国である気がしない。

日本と比べてフランスの虫は?

そもそも、フランス本土には日本と比べて虫が少ない。普段生活をしていて目にする虫は、数も種類も日本より遥かに少ない。日本と同じくらいいるのは何だろうと考えたとき、頭にさっと浮かぶのはハエ、アブ、ハチ、ユスリカ、カメムシ、ダンゴムシ、くらいだろうか。

田舎に行ってもバッタも少ないし、蚊も日本ほど悩ましくない。蛾もそんなにいないし、蟻も小型なものしか見かけない。ましてやクワガタやカブトムシ、オニヤンマのような大型トンボや女郎蜘蛛のような目立つ蜘蛛など見たことがない。

たとえば蝉も、日本ならば勢力に差があれども全国で声が聞け、夏になると東京の都心ですらあちこちの木にしがみついて鳴き、夜は街灯の下でワンワン鳴く。探すまでもなくその姿は肉眼で容易に捉えられ、抜け殻もあちこちにひっかかっている。一方のフランスでは限られた地方にしか蝉はおらず、有名な生息地は南仏プロバンス地方で、そこではテーブルクロスやオブジェにすら蝉の姿があしらわれている。だが、日本のように鳴き方にバラエティーがないことから種類は少ない模様で、しかも声ばかり聞こえてきて、私も家族もその姿を見たことはない。

蝶も、日本に比べて数も種類もぐっと少ない。一般にフランス人には「美しい生き物」とされ、日本とは少し違った好かれ方をしている。フランス人の友人の家には食堂の壁に蝶の大きな標本ガラスケースが飾ってあり、よく見ると二十種ほどの標本のなかに明らかに蛾が数匹混じっている。 彼女は「きれいよねえ、蝶って」と、うっとりとしているが、蛾が苦手な私は返す言葉に詰まる。いろいろなフランス人と話していると、あまり蝶と蛾を区別していないように感じる。単語も蝶はパピヨン、蛾はパピヨン・ド・ニュイ(夜の蝶)だ。食器のモチーフにも蝶(蛾?)と花が一緒に描かれたものが多々あり、個人的には使うのになんとなく抵抗がある。

カマキリをつかんだら、、、

一方で、日常生活にあまり昆虫が入り込んでこないからだろうか、フランスでは虫のことをあまり知らない人の割合が多いように感じる。どれもこれも「bête(ベット=家畜や昆虫などを総称する言葉)」や「bestiole(ベスティオル=小さい生き物の総称)」でくくって呼び、歓迎していない人が多いように見受ける。

ある時、一緒にいたフランス人たちがカマキリを見つけ(そういえばカマキリもあまり見かけない。ましてやカマキリの卵など、この国で見たことがない)、「なんだこのbestioleは!」と口々に叫んだ。その焦りっぷりとともに、一番避けるべき鎌ごと鷲掴みにしようとするので、驚いた。この種の驚きは、今までに何度もあった。日頃から昆虫に接することが少なく、掴んだり、採集をしたことがない人が多いのだと思う。

鎌が届かないようカマキリの首筋を掴み、みんなに見せると、うわぁという好奇心と恐れの入り混じった声があがった。子どもの頃の私は昆虫が苦手ではなかったので、東京の公園でいろいろ捕まえて、じっくり眺めたものだ。そういえば、日本で昭和の頃によくあった二色の薬瓶がついている昆虫採集キットの話をしたところ、そのフランス人たちに気味悪がられてしまった。

やっと繁殖防止の取り組みが可能に

そんなフランスで近年、マツノギョウレツケムシ(chenille processionnaire du pin、成虫はマツノギョウレツケムシガ)の生息地が北へ北へと広がって大きな被害を出し、ニュースにもなっている。マツノギョウレツケムシは名前の通り、松の木につく毛虫で、何匹も何匹も一本の鎖のように繋がって旅をする姿が特徴だ。夏に成虫(蛾)が松の枝に産卵し、秋に毛虫となり、冬にかけて松の枝先に白い糸でグルグル巻きにした綿菓子のような巣をつくって集団で住み、鳥が苦手とする夜に巣から出て松の葉を食べる。

そして春にかけて木から降りて条件の良い土壌まで行列をつくって集団移動し、地面に潜って蛹になり、数週間かけて蛾になり、夏に松の枝に産卵して息絶える。フランスでは、このマツノギョウレツケムシが、樫につくタイプのギョウレツケムシとともに、2022年4月25日付の政令によって「その繁殖が人体に危険を及ぼす種のリスト」に追加された。以前から警鐘を鳴らしていた人たちがいたが、政令発布により、繁殖阻止へ向けた全国的かつ本格的な取り組みが可能となった。

北上する行列毛虫たち

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