「地球号の危機ニュースレター」529号(2024年7月号)を発行しました。

いよいよ今年はパリ・オリンピック!  *その3*

© 鈴木なお

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鈴木 なお

 5月に入り、フランス国内でようやくオリンピックムードが高まってきた。58日にギリシャから運ばれてきた聖火が到着したことが大きなきっかけだろう。

聖火がマルセイユに到着

 南仏の港町マルセイユに聖火をのせた帆船が近づいてくる様子は、これでもかというほどテレビで放送された。この帆船は近代オリンピックがはじまった1896年に製造された、欧州最古の3本マスト帆船らしい。なるほどムードがあるし、絵になっていた。聖火を迎えるにあたってマクロン大統領夫妻もパリから駆けつけ、夜にはコンサートが繰り広げられた。聖火は今後各地を回り、一旦海外県・海外領土へと渡り、また本土に戻ってきて、726日の開会式で聖火台に灯をともす。

 マルセイユ以降の主な道筋はコルシカ島→バスク地方→ボルドー→中部→ブルターニュ地方→仏領ギアナ(南米)→ニューカレドニア(太平洋)→レユニオン(インド洋)→仏領ポリネシア(太平洋)→グアドループ(カリブ海)→マルティニーク(カリブ海)→再び本土でニース→アルプス→アルザス地方→北仏→ノルマンディー地方→ロワール川流域→ブルゴーニュ地方→パリとなるらしい。こうしてみるとフランスは広い。各地を巡回するのに3カ月近くかかるのも頷ける。

 聖火の最終到着地となるパリだが、相変わらずオリンピックムードは今一つだ。コンコルド広場に仮設スタンドが設置されたり、地下鉄車両内の路線図がオリンピック仕様になったり、少しずつ目につくようにはなってきたが、それでも街全体としては、拍子抜けするほど普段のままだ。

 メディアでの取り扱いにも今のところ新味はあまりない。開会式のセキュリティ問題、複雑な通行規制、オリンピック期間中の地下鉄・バス券の大幅値上げ、大会予算などが定期的に取り上げられてはその都度論争になり、すぐに関心が薄れ、また話題になり、を繰り返している。私にとって生まれて初めての開催国体験だというのにこの始末で、やや不安というか不満である。しかし6月に入ると急激に「オリンピック気運」が各所で高まりを見せるという話なので、期待しよう。

© 鈴木なお

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大統領とパリ市長が泳ぐ、、、、、

 ところで現在、かなり(意地の悪い)注目を集めている話題が一つある。それは、マクロン大統領とイダルゴ・パリ市長が「オリンピック前にセーヌ川で泳いでみせる」と宣言した件だ。

 セーヌ川はかつては泳ぐことができる川で、人々がこぞって水浴びする様子は絵画の題材にもなってきたし、1900年のパリ・オリンピックではセーヌ川で水泳競技が行われたものだ。しかしその後、過度の水質汚染により1923年に遊泳禁止となった。そのセーヌ川を再び泳げる川にしようと水質浄化に努めているのが政府とパリ市だ。今夏のオリンピックではトライアスロンなどの競技がセーヌ川で行われることが決まっており、水質改善は急務かつ必至となっている。

 昨年8月にはオリンピック・パラリンピックに向けたテスト大会がセーヌ川で開催される予定だったが、水質汚染のために中止されており、不安が拭えない。

 なお、オリンピック開催を契機にセーヌ川での水浴再開が叫ばれているように感じるが、実はこれはかなり以前から掲げられてきた課題で、今は亡きシラク元大統領はパリ市長時代の1990年、3年後に皆の前でセーヌ川で泳いでみせると言い切った。

 その約束は反故になってしまったが、今度はマクロン大統領とイダルゴ・パリ市長が「泳いでみせる」と約束したというわけだ。念のため記すと、マクロン大統領は46歳の男性、イダルゴ市長は64歳の女性。晴れた日のパリで、エッフェル塔やノートルダム大聖堂を眺めつつセーヌ川のほとりを散歩するのはなかなか良いものだが、さあ入って泳ぎましょうと言われたら誰もウイとは答えないだろう。

 岸辺にタプタプと寄せる暗い水を見るだに、きれいだとはとても思えない。調査のため潜水服でセーヌ川に潜っている人たちを見かけたことがあるが、あの厳重装備なしに川に入るのは勇気が要る。皆それがわかっているから、「これは見物だ」とばかりにニヤニヤしながら、あるいは「本気か?」とヒヤヒヤしながら、大統領と市長が泳ぐ日を待っているのだ。

セーヌ川の水質浄化計画

 国と首都圏の自治体は2016年以来、14億ユーロ(約2300億円)を投入してセーヌ川とその支流(上流)のマルヌ川を浄化する大型計画を進めている。目指すところはバクテリアを75%減らすことだが、これは逆に今どれほど汚れているのだろうと思わせる目標値である。

 ただし水質汚染には理由がある。パリでは毎日300万人が水道の水を使い、その汚水は浄水場へ向かって下水道を流れて行く。ところが雨水も、市内の道路に22000ある下水口から入って下水道に合流する。下水道は19世紀末にできた年代物だ。大雨が降ると汚水+雨水が下水道の中で急に嵩を増すわけで、それが道路に逆流しないようにセーヌ川に放出されるシステムとなっている。

 こうして主に排泄物由来の各種バクテリアが川に入り込み、水が汚染される。1990年代から状況は改善され、川に流れ込む排水口に調節弁が設置されたり、道路の下水口にもプラスチックや大きなゴミが入り込まないよう工夫がされてきたが、それでも今も平均して年に12回は溢れ出す下水をセーヌ川に放出している。

 そこで、この放出回数を劇的に減らすために今年5月頭に開設されたのが、市内オーステルリッツ駅近くの貯水槽だ。パリ中央から見ると川上に当たる。建設には前出の水質浄化計画14億ユーロのうち9000万ユーロが投入された。

 42カ月かけて完成した直径50メートル、深さ30メートルの貯水漕には5万立方メートルの水を貯めることができる。「オリンピックプール20個分に相当」だそうだがピンと来ない。そこで日本の首都圏外郭放水路のキャパシティーはどのくらいなのだろうと思って調べてみたところ、こちらは貯水量67万立方メートルと桁違いだった。

 だが、首都圏外郭放水路の「地下神殿」までは行かないものの、オーステルリッツ貯水漕も映像で見ると神殿めいて壮観だ。新聞社が掲載した写真の一枚では、まるで人々がペトラ遺跡を見上げているような感がある。大雨の時にここに一旦水を集めて貯めることで、パリの下水道が溢れかえる回数がぐっと減り、結果としてセーヌ川の汚染も減ることになる。

© 鈴木なお

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みんなで泳げば怖くない?

 水質浄化の先にはセーヌ川での遊泳を恒常的に可能にするという目標があり、2025年早々にもエッフェル塔の少し先、ノートルダム大聖堂の近く、新国立図書館近くの市内三か所に水浴場が開かれる予定だ。こうして着々と水質浄化計画は進んでいる。

 果たして本当に泳げるほどきれいになるのか、果たして本当に「彼ら」は泳ぐのか。政治家である以上、マクロン大統領もイダルゴ・パリ市長も約束したからには泳ぐことになるのだろうが、今年の春は雨がちで、薄ら寒い日が多く、あまりチャンスがなかった。

 両者ともにオリンピック前に泳ぐと言っているのだから、次に好天が続いたら実施するのかもしれない。どんな水着で泳ぐのか、どんな顔をして泳ぐのか、下衆な想像もネット上に流れている。マクロン大統領はインタビューで、「私は泳ぎますよ。だけど皆さんには“いつ”か?は教えません。そんなことをしたら、あなた方が見に来るでしょう?」と答えて、面白半分のメディアを牽制した。そうは言っても、もうオリンピック開催まで僅か二か月だ。こっそりと泳ぐ機会はどんどん減ってきている。

 

鈴木 なお

フランス在住

『地球号の危機ニュースレター』
No.528(2024年6月号)