「地球号の危機ニュースレター」539号(2026年1月号)を発行しました。

〈アフリカの旅9〉先住民サン族自治の仕組み

多くのサン族が住むツムクェ村の中心部 © 岡部一明

多くのサン族が住むツムクェ村の中心部 © 岡部一明

先住民の権利を正面からは取り上げていない

 以上見るように、ナミビアは先住民に対して比較的に先進的な政策を採っていると言えるが、重要なことは、それらは必ずしも正式に「先住民」と認識した上での権利擁護措置ではないことだ。自然保護など別途方向からの政策措置により、結果的にサン族ら先住民の権利がある程度保証される形になっている。法律支援センター(LAC)の報告書は、ナミビアの法的枠組みの中における先住民の位置づけを次のようにまとめている。

 「ナミビア憲法は、民族的部族的所属に基づいた差別を禁じているが、取り立てて先住民族やマイノリティの権利を認知しているわけではない。政府は「先住」より「マージナライズされた」(周辺に疎外された)コミュニティとして語ることを好んでいる。「先住」はヨーロッパ植民地主義に関連するものととらえ、ナミビア人の大多数は実際「先住」であることを示唆している。/したがって、ナミビア自体には先住民族を直接に扱う立法はないが、特に土地、伝統的統治、自然資源管理などで先住民族に一定の権利を保証する多くの関連議会立法が存在することになる。例えば、2002年共有土地改革法、2000年伝統的権威法、1996年自然保全修正法などである。」(資料1p.20

政府は「先住民族の権利宣言」にも批判的だった

 この背景には、アフリカ諸国において、先住民族に特別の権利を認めることに対する根強い警戒と反対の姿勢がある。ナミビアは、先住民族の権利章典とも言える「先住民族の権利に関する国際連合宣言」(200710月、国連総会で採択)に結果的には賛成したが、審議の最終段階で他のアフリカ諸国とともに、原案に異議を唱え、修正を迫るとともに決議の延期を訴えた。特にナミビアは、200710月に総会第三委員会に提出した採択延期案の代表となるなど、大きな役割を果たしている(この辺の事情については(小坂田、資料5)が詳しい)。

 先住民族の権利に関する国連宣言は、アフリカ諸国の求めにある程度妥協した形に修正されてから採択された。例えば、「主権独立国家の領土保全や政治的統一を全部又は一部を分割しあるいは毀損するいかなる行為をも、承認し又は奨励するものと解釈されてはならない」 という断り書き的な一文が入っている(第46条1項)。またナミビアは、賛成票を投じた後も、同宣言は先住民族に新たな分離権を付与するとは解釈されないことを念入りに確認する立場表明を行っている。

 宣言第462項は「本宣言で明言された権利の行使にあたっては、すべての者の人権と基本的自由が尊重される。本宣言に定める権利の行使は、法律によって定められかつ国際人権上の義務に従った制限にのみ従う」としているが、ナミビア政府はこの「法律によって定められ」を「国家の国内法」のことだと理解し、「宣言に規定される権利の行使は、国家の憲法枠組み及び他の国内法に服するものと理解する」と勝手な解釈を後追い表明した。この項は人権的考慮からの制限を受けるだけだとのよくある注釈を示しただけのものであることは明らかで、「ナミビアが主張するような国内法を理由とする義務の不遵守を容認する趣旨ではない。ナミビアは,賛成票は投じたものの、国連宣言を受けて先住民族に権利を認める意図がないことは明らかであった。」と小坂田は批判する(p.13

国家統合上の懸念

 先住民の自決権に反対が起こる最大の理由は、国家形成途上のアフリカ諸国において、特定民族集団に自決の権利を認めることが、国家統合上深刻なリスクとなりうるとする懸念だった。アフリカ諸国は、ヨーロッパ列強が引いた恣意的な国境線を受け継いでいる。民族が国境で分断され、現実にも様々な民族紛争、国境紛争が起こっている。先住民族の自決権をうたうことは、こうした問題に火に油を注ぐ形になることを懸念した。

米加豪モデルとの違い

 無理のない懸念だったとも言え、深刻な現実的リスクがあったのも事実だろう。だが、ここでは、先住民族の概念ともかかわるより原理的な問題を考えてみる。もともと先住民という概念は、米国、カナダ、オーストラリアなどヨーロッパ人が「新大陸」を植民地化して、その住民を少数化・周辺化した国の状況を基本にしている。それを杓子定規的に外に拡大するとうまくいかない側面がある。それは例えば小坂田が次のように指摘する事象と関係する。

 「アフリカ及びアジアの政府代表の中には, 先住民族問題はヨーロッパ諸国の植民地主義の産物であり、自国には関係ないと主張する者や、ヨーロッパ諸国に植民地化された歴史のある国の場合には自国のほぼすべての人が先住民族であると主張する者もあった。」(p.6 

 ヨーロッパ植民地主義は、「新大陸」ばかりでなく、すでに強固な伝統農耕社会を形成していたアジア、アフリカ諸国も支配下においた。こちらでは多くの場合、植民者は多数化しなかった。米加豪では、植民者が多数化し、現地住民が少数化されてマージナルな存在になった。

 例えばアフリカでは、黒人人口が膨大な数を占め、虐殺もあったが、北米ほど感染症で壊滅的打撃を受けることもなく、後に独立を達成し国家を形成した時点で圧倒的な多数派を占めることができた。米加豪モデルで言えば、先住民が多数派として国家を形成したことになる。そこにおいて「先住民」とはだれになるのか。皆先住民だとも言える。あるいは、その中で少しでも先に住んでいた人たちを先住民というのか。コイサン族などは「少し」どころか人類の起源に近い太古から先住民だ。 

 米加豪モデルでは、ヨーロッパ植民者に征服された現地住民はすべて先住民と理解されているだろう。その中で、より古くから居た人と、比較的新しく来た人を区別するなどということはない。例えばカナダ北部のイヌイットは約1000年前にユーラシアから移動してきて、古くから居た古エスキモーにほぼとってかわったが、双方とも先住民とみなされるだろう。新旧で区別することはない。何万年も前からオーストラリアとその周辺に居たアボリジニと、910世紀以降にニュージーランドにやってきたマオリの人々を区別する考え方もないだろう。

 この考え方で行くと、アフリカではどうなるのか。植民地支配を受けた黒人すべてが分け隔てなく先住民として権利保護を受けなければならないとなるのか。確かに、コイサン族など典型的な先住民的立場の人々の状況はかなり厳しいが、一般黒人も例えば長いアパルトヘイト下の抑圧の歴史などで厳しい状況にある。特定民族・部族だけに特別の権利・保護を与えることで問題が起こらないかという懸念もわからないではない。

先住民をどうとらえるか

 米加豪では、クリアカットな先住民規定をして権利擁護を行うことができるが、アフリカではそのままの概念では、あいまいな部分が残る。程度の差こそあれ、アジアでも同じだろう。植民地支配を克服して独立した民族が、その中で特にマージナル化された先住民的な人々をどう規定し権利擁護していくか、明確な線引きをすることに困難を来たす事例が多いと思われる。(アイヌ民族の場合は、アイヌモシリ(北海道)が富国強兵の近代(明治期)に和人に植民され少数民族化されたという経緯から、米加豪モデル的な先住民規定に近いと思われる。)

 だから、ナミビアのように、特別に先住民としての認知なしに、地域を基礎にした環境保全・管理の法的枠組みで、先住民の実質的権利保障を目指すというのは一つのやり方ではある。さらに伝統的統治の承認、人種・民族による差別の禁止といった、すべての人に適用される権利擁護の枠組みがこれを補完する。

 と同時に、現在、古い歴史をもつマージナル化された先住民的集団が、「新大陸」ばかりでなく、アジア・アフリカの広い地域で覚醒し、自らの権利を訴え始めていることの意義も無視できない。こうした人々がつくりだす新しい社会的枠組みの可能性も、あらゆる地域で追求される価値がある。その辺の複雑な構図を解きほぐすのは難しいが、そうした複雑さを抱えながら現在のグローバル市民社会が動いていることを確認しておくのは無駄ではない。その中で、法的支援センターの次のような指摘が最低限理解されるべき視点と思われる。¥ 

「重要なことは、先住民族の権利に関する国際的な法枠組みは、先住民族に特別な権利を付与しようとしているのではないことだ。そうではなくて、先住民族が基本的な人権を享受しておらず、公共サービス(医療、教育など)が国民的平均をかなり下回っていることを確認している。したがって、先住民族の権利の構造は、すべての普遍的な人権規約に示された平等の原則を再確認するものであり、特別な権利を付与するのでなく、基本的な人権を確保するための特別な措置を定めたのだ。オンブズマン局が言う通り社会経済的な格差をなくすため先住民族の特別な諸事情を考慮に入れようとしている。」(資料1p.17


資料

  1. Legal Assistance Centre and Desert Research Foundation of Namibia, Scraping the Pot, San in Namibia, Two Decades After Independence, 2014, edited by Ute Dieckmann, Maarit Thiem, Erik Dirkx, and Jennifer Hays
  2. Legal Assistance Centre, Our land they took: San land rights under threat in Namibia, 2006
  3. Nyae Nyae Development Foundation of Namibia, “Water, Land and a Voice,” 2018,
  4. 金子与止「ナミビアの野生生物法と政策」『総合政策』22巻(2021)、pp.13-28
  5. 小坂田裕子「アフリカにおける 「先住民族の権利に関する国連宣言」 の受容と抵抗」『中京法学』4512号(2020年)
  6. 6.John Grobler, “It pays, but does it stay? Hunting in Namibia’s community conservation system,” Mongabay, 26 February 2019

 

 

岡部一明

『地球号の危機ニュースレター』
No.539(2026年1月号)

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