コミュニティ森林区
同様のコンセプトに基づき、ニャエニャエ保全区地域は2013年、新たに法制化された農水森林省管轄下の「地域森林区」(Community Forest)の指定も取った。森林区の法的枠組みは森林の産物、放牧についての管轄権も住民に与え、自治権を拡大する効果がある。両者を合わせて「ニャエニャエ保全区・地域森林区」(NNCCF Nyae Nyae Conservancy and Community Forest)と称し、その事務所をツムクェ集落中心部においている。

ツムクェ村にあるニャエニャエ保全区・地域森林区事務所。木影の看板の文字は劣化しているが、「Nyae Nyae Conservancy Office & Information Centre」と書いてある © 岡部一明
保全区の功罪
法律支援センター(LAC)の説明によると、「保全区は、1996年自然保全改正法(Nature Conservation Amendment Act of 1996)で法制化されたコミュニティーを基礎とした組織であり、環境観光省(Ministry of Environment and Tourism 、MET)に登録して、その領域内での野生動物と観光業を管理し、狩猟その他観光業活動などで収入その他便益を得ることができる。」(資料1、p.94)
こうした形での自治権拡大に批判がないとは言えなかった。特に、農業や牧畜を通してサン族の自立を目指す方針をとっていた立場からは、自然保護を優先することでそれらへの道が閉ざされるとが憂慮された。資料3は次のように述べている。
「(前述サン族支援の先駆者)マーシャルにとって、農牧業の重視は、ジュホアン人たちが自らの土地で生産的になることを意味したのであって、観光客やレジャー狩猟者のための伝統的「ブッシュマン」の役割を演じることに矮小化されるものではなかった。しかし、皮肉なことに今日、ニャエニャエ保全区は住民一人当たり年平均600Nドルというナミビアで最も高い収益をあげる保全区であり、その95%はレジャー狩猟許諾料、5%が観光業からの収入だ。同保全区の収入すべてを、美しいカラハリ地域を管理し、その観光、レジャー狩猟、バードウォッチング、そして「ブッシュマンを見ること」から生み出していることになる。」(資料3、p.13)
自然保護運動からも批判
他方で、自然保護を重視する立場からも批判がある。保全区など「コミュニティを基礎とした自然資源管理」(CBNRM)方式の自然保護は、たとえ地域住民による利用であっても、人間による一定の自然利用を認めている点が批判の対象となる。ナミビアやボツワナなど南部アフリカ諸国はこうした形の保全策の急先鋒で、例えば2016年、ハワイで開かれた国際自然保護連合(IUCN)の総会で、象の密漁を防ぐため象牙の国内市場閉鎖、国内取引禁止勧告が決議されたが、ナミビアはこれに反対した。他のアフリカ諸国は密猟対策として在庫象牙を焼却しているが、ナミビアは象牙も犀角も燃やさない方針をとった(以下資料4参照)。その他ライオン、チーターを含め野生動物の保護に関してナミビアなど南部アフリカ諸国は「サステナブルな利用」を基本におく立場をとり、国際的自然保護運動からは批判を浴びることが多い。
利用を認めて実効ある保護
しかし、皮肉なことに、こうした住民参加による「サステナブルな利用」による自然保護を行う諸国で、野生動物の維持または増大が見られ、全面的な利用禁止を行なういわば自然保護「原理主義」の国で深刻な野生動物の減少と絶滅の危機が生じている。利用を全面的に禁じてしまうと、住民は自然地域を経済的利益のある農牧地に転換する他なく、かえって野生動物の生息地を狭め、家畜保護のための密猟を含めた野生動物駆除が広がる。しかし、適正な利用を認めれば、その経済的価値を守ろうとして、自然域で一定の野生動物保護を行うインセンティブが高まる、といった事情が指摘されている。
例えばチーターは、かつてアフリカに広範囲に分布していたが、2014年時点で、推定6,590頭が分散的に残るのみとなり、その6割は南部アフリカに生息する。キリンは、北部アフリカ・東部アフリカの亜種G. c. camelopardalis が1980年前後の20,577頭から2016年の650頭へ激減するなど多地域で減少したが、南部アフリカでは10,000頭から17,551頭へと増加した。ライオンは、アフリカ全体では2016年までの21年間に43%減少し、現個体数23,000~39,000頭と推定されるが、詳細に見ると南部アフリカのボツワナ、ナミビア、南アフリカ、ジンバブエでは12%増加しており、これらの国以外で60%が減少している。クロサイ、アフリカゾウなどでも同じ傾向が見られ、この問題を調査した金子は「ナミビアをはじめとするこうした国々がワシントン条約会議などの野生生物関連国際会議で批判の対象となっているのは、決して公正なことではない。」と結論づけている(資料4、pp.25-26)。
ツムクェ地区のニャエニャエ保全区では、管理と利用をまかされた地域住民がサン族だ。この法的枠組みの中でサン族は自らの自治行使として昔ながらの伝統的狩猟を行なうことができ、先住民の狩猟権保証の観点からも貴重な事例となっている。
先住民の狩猟権
先住民の狩猟権については、次のような状況だ。
「サンにとって深刻な問題は、狩猟を犯罪とする政府の政策であった。植民地時代には、多くの南部アフリカ諸国で、生業狩猟を違法とする法律がつくられていた。現在、これの唯一の例外は、北東部ナミビアのニャエニャエ保全区だ。ジュホアン人サンが伝統的な武器(弓矢、槍、こん棒)で一定の野生動物を狩る権利を保持している。他地域のサンは、狩りをしているのが捕まれば、拘禁され罰金を科されている。これらのサンが動物の肉を得る唯一の方法は、彼らの地域で活動するサファリ・ハンティング企業から寄付される肉をもらうことだ。」(資料6)
先住民の言語教育
ナミビアは多民族・多言語国家だ。人口の約50%がバンツー系のオバンボ人だが、その他同じくバンツー系のカバンゴ人9%、ヘレロ人7%、ダマラ人7%、カプリヴィアン人4%などがおり、コイコイ系のナマ人が5%、サン人が3%となっている。サン人の推計人口は諸説あるが、27,000~38,000人で、その中にJu|’hoansi, !Xun, Hai||om, Naro, Khwe or !Xoonなどの部族がある。
インドと同じで、これらのうちから一つのみを公用語にすることができず、皆にとって必ずしも母語でない英語をナミビアの公用語としている。初等教育の最初の3年間には母語での教育も行われるが、以後は英語での教育となる。
ツムクェ地区の教育の現状は、下記のようなものだ。
「ニャエニャエのジュホアン人は、村学校のおかげで、南部アフリカで唯一3年間、母語で教育を受けられるサン族だ。1992年にNNDFNの主導で開始された村学校事業は、ニャエニャエの村々に学校を設立しはじめ、現在では6校が存在している。これらは、ノルウェー・ナンビア協会(NAMAS)の支援で政府が運営を行う。1~3学年時にジュホアン語での教育が行われ、その後はツムクェにある公立小学校に入ることになっている。」(資料1、p.121)
しかし、そのような体制があっても、サン族に十分な教育が保証されているとは言い難い。全国的な数字だが、就学率教を調べた教育省の2010年統計では、小学校低学年(1~3学年)の就学率は67%、同高学年(4~7学年)で22%、中学校(8~9学年)で6%、そして高校(11~12学年)では1%以下に過ぎない(資料1、p.527)。
ナミビアはアフリカでも最も先進的な教育政策をとる国の一つとされ、憲法第9条で人々の文化的権利、第3条で英語以外の言語を使用した教育への権利をうたう。1991年に採択された基本教育スポーツ文化省(Ministry of Basic Education, Sport and Culture)の「ナミビアの学校における言語政策」(Language Policy for Schools in Namibia)は初等教育の最初の3年間は学習者の母語で教育し、その後は英語に移行しながらも、母語を教科として教えることを定めている(資料1、p.526)。そして、2003年の同省文書でも、この政策の基本として、例えば「話者数、言語の発達レベルに関係なく民族言語が平等であること」「言語は、文化と文化的アイデンティティを伝える手段であること」「学習者が母語を通じて学ぶこと、とりわけ読み書きと考え方の基本を取得する学校教育の初期においてそうすることが教育学的に理想であること」などを指摘している。

ツムクェの小学校。最初の3年間、民族語での教育が行われている © 岡部一明

ツムクェにはナミビア放送協会(NBC)のラジオ放送局があり、「!aHラジオ」というサン族向けのジュホアン語など3語による放送を流している。ネットでも聞ける © 岡部一明


