古人類学から何を学べるか
古人類学の進展は目覚ましい。もともと、一つの化石が見つかって定説がひっくり返ることがよくある学問分野だが、最近は現代人を含めたゲノム解析で過去の系統、交雑を明らかにする古代DNA学が台頭し、猛威を振るっている。これまでは化石骨格の形などから進化の過程を分析する以外なかったが、60億ある人間の膨大なDNA塩基対から統計学的なコンピュータモデルを通じて過去をあぶり出し、「ハード・データ」的に過去を明らかにする手法が生まれた。
「古代DNA学」の破壊力は、例えば、デービッド・ライク『交雑する人類―古代DNAが解き明かす新サピエンス史』(原著・邦訳ともに2018年、日向やよい訳、NHK出版)などを読めばよくわかるだろう。私もこれに刺激され、2020年時点で、どれほど新しい発見が生まれているか、素人なりに追ってみたこともある。しかし、2018年の体系的著書も(ましてや2020年の素人まとめも)、現時点ではすでに古くなってしまった。それほどこの「革命」の突破力は強力だ。
おそらく、専門家でも次々生まれる新知見を追いきれないのではないか。追うだけでも精一杯なのではないか。他人様の専門分野といえ、気の毒に思う。ましてや、「はい、これが人類史です」とまとまった知識を得たいだけの素人としては困惑するばかりだ。
アフロユーラシア大陸の両端で
アフロユーラシア大陸は全陸地の55%を占める広大な大陸だ。今でこそスエズ運河で切れているが、155年前までは連続した陸塊だった。この東端と南端に似た人が居る。不思議なことだ。その間に、連続的関連を示す中間形も見当たらない。どっちかがどっちかに行って混血してるんじゃないか、と言う人もいるが、それは人類学者によって明確に否定されている。
たまたまそこに蒙古ひだ(内眼角贅皮、epicanthic fold)の目つきを進化させた人たちが居たから似ているように見えるだけ、というのが定説なのだろう。しかし、「同じ」モンゴロイドとして、そんな風には思えない。釣り目をつくっただけではモンゴロイドになれない。昔、ハリウッドで東洋系を演じるとき、白人俳優を釣り目にして登場させていたが、あれは絶対東洋人ではない。もっといろんな特徴を兼ね備えないと東洋人になれない。それがわかるから、全体的な直感から私はコイサンが「近い」と思う。10万年前に別れたいとこだ、私たちは。
10万年前、人類は(ほぼ)コイサンだった
10万年前、人類と言えばほぼコイサンだった。現在コイサンはカラハリ砂漠の周辺に追い込まれ、太古からの狩猟採集生活を残存させながら南部アフリカ全体で10万人程度残るだけだ。しかし、10万年前、人類の総人口は数万人程度だった。現在のコイサン人口だけでもそのまま10万年前に存在したら巨大な人口規模だ。農耕・牧畜民化したバンツーなど周辺民族、そしてアフリカから出た我々を含むユーラシア諸民族の側が、異常な人口爆発を起こしたのだ。

現アフリカの言語分布。コイサン諸語は南部アフリカの他に、東部アフリカ(タンザニア)などにも点在している。かつてアフリカの広範囲に分布していたが、農耕民となったバンツー語群の人々(ナイジェリア東部・カメルーンの付近が原郷)が、2000年前頃からアフリカ南部に広がり、コイサン系を圧倒していった。青のアフロ・アジア語族はアラビア語など。紫のオーストロネシア語族はマダガスカル島のマダガスカル語だが、先史時代の移動を反映してボルネオ語群の言葉に近い。Map: Mark Dingemanse, Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0
すでに2014年のネイチャー研究論文が、かつてコイサンが人類の最大集団であったことを明らかにしている。「コイサンとその祖先たちは、10万年前~15万年前に他と別れて以来、最大の人口集団であり続けてきた。バンツー語話者や非アフリカ人を含む非コイサン集団が、コイサンとの分岐後、人口減少を経験し、遺伝子多様性の半分以上を失ってきたこととコントラストを成している」と結論付けている。研究者らは、6人の南部アフリカ出身者(うち2人は他との交雑のなかったサン族ジュホアン人)と世界1,448人の公開ゲノムデータを使った詳細な解析を行った上で、その結論を導き出したのだ(Hie Lim Kim, et al., “Khoisan hunter-gatherers have been the largest population throughout most of modern-human demographic history,” Nature Communications, 5, 5692, 04 December 2014)。
「コイサン集団は、全人類の中でも最高レベルの核遺伝子多様性をもち、Y染色体、ミトコンドリアDNAでも最古の系統を有している。これは、その祖先集団が他と比較して大きな有効集団であったことを意味する」と研究者らは言う。なぜ現在、小集団のコイサンの中に、最高レベルの遺伝子多様性があるのかというと、昔それは大きな集団だったからに他ならない。大きく多様性をもった集団から、そのほんの一分枝が分かれて、どこかでそれらだけで暮らすようになれば、その分枝内遺伝子多様性は小さい。6万年前、アフリカの巨大集団だったコイサン内のほんの一分枝がユーラシアに飛び出し、そこで住むようになった。ユーラシア大陸は広いが、ヨーロッパで少し進化した人類も、東アジアで少し進化した人類も、しょせんは元の大集団内の一分枝に過ぎず、同じ穴の中のむじなだ。特定方向に特化した似た者同士の人類集団に過ぎなかった。
むろん、大きな世界に出た種は、そこでの多様な環境に適応し、やがては多様な種に別れていく。遺伝子的多様性を拡大する。ユーラシアに拡大した人類もやがてはそうなっていくだろう。しかし、まだそこまで行かない。たかだか6万年前に出たばかりだからだ。
コイサン祖先とアフリカを出た非コイサン集団は、少なくとも10万年前~15万年前には(当然アフリカでだが)分岐していたとされる。コイサン祖先集団はその後も高い遺伝子多様性を維持した。これに対し非コイサン側の有効人口規模は3万年前~12万年前の間減少し続け、半分以上の遺伝子的多様性を失ったという。出先の厳しい環境で滅んだ系統も多かったろうから、そうなるは自然だ。また、上記論文からは離れるが、約7万年前~7万5000前に起こった「トバ事変」(Toba Event)の影響もあるだろう。インドネシア・スマトラ島のトバ火山が過去200万年間で地球上最大規模の噴火を起こし、地球の劇的な寒冷化を招いた。以後、最終氷河期(ヴュルム氷期)が始まるなど地球環境が大きく変化し、ホモエレクトスなどの古人類もこれで絶滅し、現生人類も一時期人口1万人以下になるなど大きな打撃を受けた。ここで、ホモサピエンスの遺伝子多様性が失われる「ボトルネック効果」が生じたとされる。ただ、この人口減少はユーラシアで顕著だったものの、アフリカ南部では限定的だった。

