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<講演会報告>「中国・反日デモにどう向き合うか!?」

最終更新日 2013年 6月 13日 8146 views

10月9日におこなわれた丸川哲史さんと劉傑さんの講演内容の一部を抜粋して報告します。

 

image<丸川哲史さん>

国内論理は国外では通じない

 9月に入っていろいろ日中間で緊張している中でまず感じたのは、日中間の温度差です。中国のなかでも雰囲気が非常にきつくなっており、このことを契機に日中間の今までの関係構造が変わってしまうということは覚悟しなければならないと思います。日中両国には「棚上げ論」というコンセンサスがありました。1972年の国交正常化以来、国家同士のコミュニケーションの中で、文書化はしていないけれども、それをお互いに守ることによって、いろいろな利益の幅が確保される感覚がずっとあったのですが、尖閣諸島の国有化問題によって、中国側から見るとコンセンサスが一方的に破られたという感覚で見えざるを得ません。ここにかなりギャップがあると思います。石原氏が島を買う意向を示したときに日本政府としては、国家がコントロールした方があの島を無理にいじらない方向で保存できると考えたと思いますが、これは国内的な論理。少なくとも中国側からすれば係争地として考えている領土問題に触れる限り、日本国内の論理が国外的なものに通用する筈がありません。棚上げ論が破棄されたという認識になります。

 

中国政府と民衆の関係

 では政府と民衆との関係は一体どういう風になっているのか。中国側では棚上げ論を破られたという感覚が強く、これは政府の判断でもあり民衆の判断でもあったと思います。中国人の内部的な感覚からすると、政府指導層はもの凄く遠い存在だと思います。しかし、9月18日になって政府が、これ以上デモを加熱させることを思いとどまるようにメールを発信し、公の船を派遣した時からデモ自体は鎮静化していきました。この関係で言えば、デモをやっている民衆の側と政府との関係には、ある種、呼吸があるというか、両者の距離は実はそんなに遠くないとも言えます。見かけと違い、中国内部の政府と民衆の距離については様々な留保が必要です。

 

外務省の基本見解

 今起きていることをいつの時代と比較して考えなければいけないか。つまり我々は、あの島が問題になった120年前ぐらいにもう一度遡って考えるチャンスを与えられたと考えていいと思います。外務省が出した「尖閣諸島の領有権についての基本見解」という文書があります。外務省のホームページで取れる文書です。この基本見解の第二行目には「無人島であるのみならず」という文章があります。「無人島」というのは「無主の地」です。無主の地を先に占める「先占」という論理は帝国主義時代の産物です。ヨーロッパ帝国主義が植民地を獲得していく中で、ヨーロッパにとっての新世界に、人間が住んでいないといってそこを取るという論理なのです。そういう言葉が2012年に回帰して、帝国主義時代のイデオロギーを反復しているということになると思います。

 外務省の基本見解では、尖閣諸島は、台湾及び膨湖諸島には含まれないということをわざわざ言っています。尖閣の島々は台湾及び膨湖諸島と違う地域概念として扱うということです。日清戦争によって日本は1895年5月発効の下関条約で台湾・膨湖諸島を取りましたが、尖閣諸島については、それよりも以前の同年1月の閣議決定で無主地先占を宣言したことによって獲得したとされます。 (戦果ではなく) 無主地先占という形で自然状態にして説明しています。こうした極めて奇妙なプロセスにもう一度立ち戻るヒントのようなものを実は基本見解では語っています。もちろん中国側からすると、これは清朝が管轄している地域を徐々に奪われていったプロセスとして見えるわけです。

 外務省の基本見解の中で出てくる国際的な協定はサンフランシスコ講和条約と沖縄返還協定の二つだけです。一方、中国の国務院が出した尖閣諸島の領域に関わる白書には、サンフランシスコ講和条約に関する批評も書いてありますが、重要なことはカイロ宣言とポツダム宣言のことが書かれていることです。外務省の基本見解にはそれがありません。ポツダム宣言の中では、日本の領土は北海道・四国・本州・九州及び周りの島々に限定されるとあり、周りの島々の範囲は、我々が確定すると書いてあります。「我々」とはつまり連合国であり、ポツダム宣言の主体はアメリカ合衆国とイギリスと中国です。重要なことは、1972年の日中共同声明の中に、確かにポツダム宣言第8項のことが書かれていることです。日中共同声明は日本と中国で結んだ紛れもない公的な文書で、これが基本になっています。今の日本の状態では、このことを守っていないと読める可能性があり、深刻なことです。

 

反日デモをどうみるか

 中国にも色々なデモがありますが、権利の要求として、自由権と生存権の大きく二つがあると考えます。自己表現や政府に対する文句を言う権利を求めるのが自由権の要求で、廃液を流す工場などに直接的に民衆が働きかけて稼動差し止めを求めたり、環境破壊の計画撤回を求めるのが生存権の要求です。中国を見る場合には両方の理解が必要です。中国社会が変化しようとしている時のその観測点として、いま重要なデモはどちらかということを中国人自身もいろいろ考えているところがあります。

 また、デモのあり方は3・1デモの場合には中国だけではなく台湾と香港を含みます。中華人全体としてそれが成立している状況をまず受け止めなければいけない。巡り巡って1890年という年に我々は差し戻されているということです。今ある反日デモがなぜ台湾・香港でも起きるのか。広い意味で中華圏としてのデモとして考える必要がある。そういう中国社会に起こるデモの解釈そのものが我々に問われていると思います。

 

中立の立場をとるアメリカ

 アメリカ合衆国はこの問題についてどういう態度をとっているのか。尖閣諸島の場合、沖縄返還協定において、日本に引き渡された範囲にあると言った。それにも関わらずその直後に、尖閣諸島がどちらの領土に属するかについて「我々は中立である」と意見を変えてしまっている。これが一つの混乱の要因になっており、この日中間の問題に影をさしていると考えたほうがいいと思います。あの島が日米安保条約の規定する範囲内であるかどうかを、日本の政府は再三、アメリカ合衆国に照会を取って確認を取っています。ただし、我々自身も考えなければいけないのは、例えば日米安全保障条約には国連への報告義務というのが書いてあり、特に安保理に報告しなければならないと書いてあります。これはちょっと不思議なことです。安保理の常任理事国の中に中国が入っているわけで、中国と日本との間に何らかが始まったときに、米軍がそこに介入することはできるのか。米国議会でその予算が通るのか。いろんな矛盾を孕んでいるのです。いまの軍事状態の分析にあたって、アメリカの存在をどのような形で処理をするのかが、実際には重要な問題です。

 

image<劉傑さん>

文書主義と「いい加減」

 棚上げということは両国間で文書化されておらず領土問題は存在しないとする日本はいわゆる文書主義の立場ですが、実は文書主義では日中国交正常化はそう簡単に実現できなかったと思います。かつての歴史上の文章を一つ一つ検討したうえで国交正常化をやるとなると、さらに長い年月が必要だろうということです。歴史研究者らしくない表現ですが、日中友好を支え国交正常化を実現させたものを敢えて漢字二文字で表現すれば、信頼の「信」と、互いの文化や歴史を尊敬する「敬」です。この二文字は日中間で非常に大きな役割を果たしたと考えます。この信と敬を具体化したものが、例えば日中間の歴史認識の話であり、迷惑をかけた云々の話であり、田中角栄・周恩来会談の中でも持ち出された領土問題の話です。しかし日中国交正常化ということに比べると、当時の指導者から見ればそれらの問題は大した問題ではなかった。むしろ国交正常化の実現によってより大きなものを追求することができる、というのが当時の政治家たちの判断でした。そこにあるのは信頼関係だったわけです。二つの国が仲良くするという大目標の元では、ある意味では日本風にいうと、様々な問題を適当に処理する「いい加減」ということが私は非常にいい言葉だと思います。しかし、これまでは信頼に基づいて了解されてきた事柄が、これからは文書にしないと約束にならないという時代に入ったと言わざるを得ない。

 

信頼関係の揺らぎ

 82年から始まった歴史教科書問題や靖国神社の問題などから、徐々に互いの信頼関係が揺らいでいったということになるかと思います。さらに2001年からの小泉内閣では、国内においてはいわゆる構造改革を旗印に内政面の改革を実施しましたが、実は私は、小泉首相は外交面でも構造改革をやったと思っています。つまり、これまでの日中友好の構造を変えたのです。最大の問題は歴史認識問題をどう処理するのかということです。彼自身は日中友好論者であることを表明し、過去の戦争が侵略戦争であることは否定できないとも表明していましたが、中国側がどうしても反対していた首相の公式参拝を、在任中の彼はずっと続けました。彼は日中関係の今までの構造を変えるための一つの手段として歴史の問題を用いたのではないかと私は思います。その意味では小泉内閣の数年間は非常に重いと考えます。

 

満州事変のムードに似ている

 今回の日中間の危機を一体どのように考えたらいいのか。現在は80年前の満州事変当時のムードに似ているところがありますが、本当に1930年代のような重大な危機が訪れているのか、それとも、お互いの認識の間違いによって生じた危機として捉えるのか、ということを考えなければならないと思います。間違って相手を理解してしまうと、本来はそこにない危機を呼び込んでしまうという危険性もある。その部分が現在の危機の主な部分であり、私はむしろそのことを一番怖れます。従って、相手の意図や考え方をしっかりと読み取り、知ることがいま求められていると思います。

中国にとっての日本は近代の侵略者であるという見方からなかなか抜け出せない一方で、日本は中国に向かって戦後の歴史をもっと認識すべきだと強く求めてきています。どちらの見方も間違ってはいないと思いますが、互いに自分の視点から相手の立場を理解するような視点を持つことが大事です。

 中国の言論空間では、知識人たちが10か条の呼びかけを行い、既に数百人が署名してインターネット上で公表しております。9月中旬に中国国内で起きた打ち壊しや焼き討ちの行為は非常にいけないことであり、心を痛め、強く糾弾するということも声明として発表しています。かつて歴史の中では正当な行動とされてきた愛国の動き、いわゆる暴力を振舞っても愛国だというようなことが、中国の多くの知識人や一般の市民から見ると恥ずかしいことになりつつある。日本のデパートや車を壊した暴力事件に対しての激しい批難が中国国内にもあるのです。これが市民社会を作り上げていこうと主張する人々の間では徐々に主流になりつつあるという現実もあるわけです。日本としては、やはりこれを冷静に見なければいけません。デモを見て、単に日本に対しての不満であるとか、反日の動きだというような単純な構造の中でしか読み解かないことは問題です。

 今回のデモは、かなりの部分は、過去の歴史認識に対するその不満の蓄積が爆発した部分があると思います。しかし全部がそうかといいますとそうではなく、もう一つの大きな特徴は、大学生、研究者など、いわゆる知識人がほとんど加わっていないことです。丸川さんが権力闘争と結び付けて考えてはいけないということを指摘しましたが、しかし中国の複雑な政治社会状況を映し出していることは事実です。いわゆる格差の問題、出稼ぎの問題など様々な問題がこのデモの中で映し出されていると考えていいと思います。(まとめ・花岡英治)

 

講 演:「中国・反日デモにどう向き合うか!?」
講 師: 丸川哲史さん(明治大学経済学部・教養デザイン研究科教授)
       劉傑さん(早稲田大学社会科学部・社会科学総合学術院教授)
開催日: 2012年10月9日(火) 
会 場: 連合会館
主 催: 財団法人大竹財団、アジア太平洋資料センター(PARC) 

 

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